身近なデバイスや便利なガジェット、生活を豊かにする家電製品から、新しいサービスまで。最新テックのいまにフォーカスする連載企画。第1回目は、空間コンピューティングの未来を切り開いた「Apple Vision Pro」を取り上げる。
Apple Vision Proが切り開いた、空間コンピューティングという概念。
「iPhone 3G」が日本で発売された当時、新しもの好きのためのオモチャのようなイメージがあった。でも、いまでは誰もが当たり前のようにスマートフォンを持っている。それもこれも全部、〈アップル(Apple)〉が世の中をまるっと変えてしまったからだ。個人的にはもう「iPhone」がない世界は考えられない。デバイスがあり、サービスは発展する。ものすごいスピードで普及したバーコード決済なんか、「iPhone」が生まれていなかったら10年は登場が遅れていただろう。
〈アップル〉はやはりゲームチェンジャーだと思う。だからこそ、昨年6月に「WWDC 2023」で発表した「Apple Vision Pro」が日本でも発売されるのが楽しみで仕方なかった。
実際に装着してまず気づくのは、画質が驚くほどキレイだということ。まるで目の前にあるような、鮮明な空間が目の前に広がる。これはヤバい。複数人に着けてもらったが、全員が驚いていた。なんなら、「サイだ! サイ!」と椅子から転げ落ちていた。さすが、“Pro”という名が付くだけある。異次元の没入感だ。そして、やはり〈アップル〉のすごさは心地よさ。使っていて違和感を感じることがなく、誰もがすぐストレスフリーに使うことができた。ハンドトラッキング、アイトラッキングといういままで体験してこなかった操作も、少し教えれば問題なく扱えたのだ。
では、これで何ができるのかというと、正直なところまだ環境がまだ追いついていない印象があった。3Dの空間写真を撮ったり、〈アップル〉製品をミラーリングしたり、映像や複数ディスプレイなどを試してみたりしたが、現状は永続性のある体験というよりも刹那的な感動を大きく感じた。それでも、もちろん今後の可能性を感じざるえないから紹介しているのだけど。
好きなようにクリエイティビティを発揮してくれと言われたらそこまでだけれど、日常的に使う想像はまだ少し難しい。それは、空間コンピュータという新しい存在だからというのもある。ただ、「Mac」はクリエイティブな道具として、「iPhone」は故スティーブ・ジョブズがプレゼンで繰り返したように「電話、ネット通信機器、音楽プレーヤー」をひとつに、前述のふたつの中間的な存在として「Ipad」があるように、どこかヒントが欲しいというのが本音だった。
恐らくいまのところ、「Apple Vision Pro」の未来としてエンターテイメント方面での青写真を描くひとが多い。その場にいるような臨場感溢れる映像体験は圧倒的だし、操作性も音も文句のつけようがなく、とにかく素晴らしかった。でも、ゲーミングデバイスとしてやいずれ実現するだろうリアルタイム観戦となると、どこまで需要があるかは未知数。あくまで、娯楽用デバイスとなりそうなので一家に1台とはなりにくい。広く活用されるという面で考えると、ビジネスや日常との繋がりがでてくると少しは変わってくるのではという気がする。
ファッション業界では、〈Jクルー(J.Crew)〉によるバーチャルクローゼットや、「ストックエックス(StockX)」のショッピングサービス、2025年のスプリングコレクションを公開した〈バレンシアガ(Balenciaga)〉、〈グッチ(Gucci)〉は新デザイナーのサバト・デ・サルノについてのコンテンツなどを各ブランドが発表した。日本でも〈アンリアレイジ(ANREALAGE)〉がラグジュアリーファッションプラットフォームの「サイキー(SYKY)」と組んで2125年のコレクションを発表していたけれど、どれも少し物足りなく感じた。そして、そこからアプリの大切さに気がついた。
いま重要なのは中身だ。ハードは完成型といっていいほどの完成度だから、あとはOS(この秋に「vision OS2」へアップデート予定)や、XR空間へ対応したソフト面がいい方向に発展して欲しい。特に必要なのはプラットフォーム。インスタグラムやXのような誰もがコンテンツをシェアできるアプリなど、ひとつでさまざまな情報発信をまとめて体験できる場所が必要だ。現状では、オフィシャルサイトをネットサーフィンするのとほぼ何も変わらない。内見できる物件が1件しかない不動産アプリもあったけれど、それを残しておこうとは誰も思わない。むしろ、アプリという概念がなくなり、システムがシームレスに動けば最高。点ではなく、線で見たいし、なんなら面や球のように感じたい。だらだらと目移りしながら楽しみたいのである。
ファッション媒体の編集者という視点に戻って予想すると、近い未来にこの空間でコレクションが見れるアプリができるだろうと思う。もしくは立体映像でファッションについて発信するサイトか。そして、「SHOWstudio」で写真から動画へ移行したニック・ナイトのように、XR空間でしかなし得ないファッションビジュアルを表現するクリエイターも現れるかもしれない。でも、一番待ち遠しいのは、「アマゾン(Amazon)」や「ゾゾ(ZOZO)」のような存在。素材の手触りまでは分からないけれど、すべてがそんな仕組みになったらいよいよ必需品となるかもしれない。そして、それらが充実する前の序章として、コレクションのインビテーション代わりに映像入りの「Apple Vision Pro」が送られてきたら、それは飛び跳ねるぐらい最高のプレゼンテーションだ。
総務省は2030年に向けて「Beyond 5G」を掲げている。これは6Gへの発展を意味していて、2時間の映画をものの数秒でダウンロードできたり、通信範囲が広がり海上などでも通信できたり、ゆくゆくはホログラムや五感すべてで体験ができるようになるらしい。「NTT」は新たな高速通信規格「アイオン(IOWN)」を促進している。通信とは別方面でも、「セブンイレブン」が映像が浮かび上がる空中ディスプレイを使用したレジの実証実験を進めている。リアルタイムでその場にある・いるような体験は今後より広まっていくのだろう。〈アップル〉は恐ろしい精度を持って、それをいち早く実現した。「Apple Vision Pro」の登場は、新たな時代の始まりを意味しているのだと思う。