古着予備校
第四講:創意工夫を凝らした意匠と贅沢なつくりに思わず唸る、戦前のハンティングジャケット。
講師:西秀昭

古着予備校 第四講:創意工夫を凝らした意匠と贅沢なつくりに思わず唸る、戦前のハンティングジャケット。 講師:西秀昭 古着予備校 第四講:創意工夫を凝らした意匠と贅沢なつくりに思わず唸る、戦前のハンティングジャケット。 講師:西秀昭

Photo: Takeshi Kimura

Text: Takehiro Hakusui

Edit: Yosuke Ishii

FASHIONREGULAR古着予備校

今日の古着ブームよりはるか昔、あらゆるカテゴリーにおける時系列や様々な仕様変遷がまだ解明されていなかった時代から、往年のライフスタイルやカジュアルガーメンツに着目し、それらを多角的に分析することで多くの史実を明らかにしてきたスペシャリストたち。デニム、ミリタリー、アスレチック、アウトドアといった各カテゴリーに精通する有識者たちを講師に迎え、歴史に名を残すアーカイブと、それらに紐づく背景や魅力にフォーカスする。第四回目は、〈ザ コロナ ユーティリティ〉のデザイナー・西秀昭さん。

講師

西秀昭

ザ コロナ ユーティリティ デザイナー

1963年生まれ、熊本県出身。86年に渡米し、ニューヨークにてヴィンテージインポーターとしてキャリアを積んだ後、90年代初頭より大淵毅氏と活動をともにし、93年にスタートした〈ポスト オーバーオールズ(POST O'ALLS)〉に参画。長年同ブランドに携わり2001年に帰国すると、2006年に自身のブランド〈ザ コロナ ユーティリティ(THE CORONA UTILITY)〉を立ち上げ、ハンティングやワーク、ミリタリーといった非ファッションの文脈にある往年のガーメンツから着想を得たコレクションを展開している。

Instagram:@thecoronautility

独特の世界観があり、素材やディテールからも妥協を一切感じない。

フイナム
フイナム

ハンティングというと英国からの移民たちが進めたアメリカ開拓の起点、つまりはニューイングランド地方など東海岸特有のエスタブリッシュメントなムードを色濃く感じるワケですが?

西
西

確かに東海岸は特に盛んなエリアだとは思いますね。ただ、ヨーロッパのような特権階級の嗜みとは毛色が異なり、アメリカではより競技性の高い位置づけにあったと思います。ぼく自身は狩猟もしませんし、当時の拠点はニューヨークだったので他のエリアのことまでは詳しくわかりませんが、少なくとも東海岸では上流階級に限らず、いまなおひとつの文化として根付いているフィールドスポーツだとは思います。

Article image 主にギアウェアをデザインソースに長年服づくりを行う〈ザ コロナ ユーティリティ〉のデザイナー、西さん。なかでもファッション的解釈を施したハンティングウェアに定評があり、同ブランドでは定番アイテムとして親しまれている。
フイナム
フイナム

いつ頃からハンティングカテゴリーに興味を惹かれるようになったのでしょうか?

西
西

アメリカに移住後しばらくしてですから、80年代末から90年代初頭頃だったと思います。

フイナム
フイナム

何かきっかけがあったのでしょうか?

西
西

古着のバイヤーとして現地のショップや倉庫など毎日のように足を運ぶなか、主力のデニムやミリタリーは年々高騰していくのに対し、ハンティングに限ってはかなり旧いものでも大した価格が付いてない。さらによくよく見ていると独特の世界観があり、素材やディテールからも妥協をまったく感じませんでした。そもそもファッションを前提としていない、狩りのための“道具”の一種ですから、つくりがとにかく贅沢ですし。ちょっと変わったものや意匠の面白いものを中心に少しずつ集めていった感じですね。

普段“着る”ことを想定していない部分にこそ、このカテゴリーの魅力が詰まっている。

フイナム
フイナム

先のお話にもあった「独特の世界観」とは?

西
西

基本的には天候問わず茂みを分け入っていくスポーツですし、草木と擦れたり、雨や露で濡れたりするなか、そういった状況を想定した素材とディテールに特化している部分が、やっぱり他のワークウエアやミリタリーウエアとは大きく異なる部分だと思うのです。ライフルを構えやすいよう袖を前振りに設えていたり、捕らえた獲物を入れるゲームポケットはじめ手ぶらで活動しやすいよう大小様々なポケットを備えていますし、たとえ重量が嵩んでも雨を凌ぐためナイロンなどを混紡した重厚な素材を採用するなど、言わば普段“着る”ことを想定していない部分にこそ、このカテゴリーの魅力が詰まっていると思っていて。そういった独自性が戦後になって徐々に簡略化されていったと。

Article image ポケットのあしらいはハンティングウェア最大の特徴のひとつ。マチが付いた大容量のものから、収納するものを限定した変形ポケットまで、その形状やサイズもブランドによって様々。また、使い勝手を優先したポケットの配置も注目すべきポイント。
フイナム
フイナム

今回お見せいただくものは戦前までの個体がメインなのでしょうか?

西
西

クラシックな趣きが好きなので、ぼく個人が集めているのは50年代までですね。黎明期にあたる1800年代後半のものはまだ欧州テイラードの面影を残していますが、1910年代から20年代にかけてよりアメリカらしい合理的な解釈で進化を重ね、50年代頃まで多くのブランドから様々な意匠が発表、提案されていきました。それがカバーオールやミリタリーといった他のワークウエアと同様、60年代に入ると大量生産に適した意匠へとシフトしていき、それぞれの個性が失われていったように思うのです。

Article image 〈ザ コロナ ユーティリティ〉の定番モデルでもあるGAME JACKETのベースともなったダックスバックの30s。コットン100%のオックスフォード地に象牙ヤシの実を加工してつくられたコロゾボタンを合わせている。「左身頃の胸ポケット+左右のユーティリティポケットという、いわゆるハンティングジャケットのスタンダードなかたちです。このスタイル自体は1920年代頃にはすでに確立されていたと思います」という。
フイナム
フイナム

やっぱりデイリーユースとしては難しいですかね?

西
西

可能性がゼロとは言いませんが、まず重たいですし、つくりも無骨なのでなかなか似合う人がいないと思いますよ(笑)。唯一似合っているなと思ったのは(大淵)毅さんくらい。昔はよくカバーオールの上にハンティングジャケットを羽織ったりしていましたね。ただ、デイリーユースは難しいとしても、その可能性を少なからず感じられる点が、このカテゴリーの醍醐味でもあると思うのです。たとえば、前振りに設えた袖だったり、極端なAラインだったり。現代的な感覚でデイリーユースへと流用できる要素は決して少なくないと思いますね。

フイナム
フイナム

でも、これだけ凝った意匠や素材を盛り込んでいるワケですから、当時からそれなりの価格がしていたんでしょうね?

西
西

おそらくそうだったと思います。さらにいま現在、まったく同じものをゼロからつくるとなると、どれだけ無駄を省いても十万円は下らないでしょう。そう考えると、ヴィンテージ古着のなかでもかなりお得なカテゴリーとも言えるんじゃないかと。ぼくが集めはじめた約40年前といま現在とで中古相場もそれほど大きく変わっていませんし、まだまだ面白いものに安価で出会える機会が残されていると。一部〈フィルソン〉などの例外があるにせよ、昔もいまもある意味では不人気なカテゴリーとも言えます。とはいえ、ぼくのように服をつくる側の人間にとっては学べる部分も多いですし、リセールバリューや資産価値などに囚われることのない、より“古着らしい古着”と言えるんじゃないでしょうか。

より競技性に特化しながら進化を続けた、西さんが選ぶ私的ハンティングジャケット5選。

19世紀に英国で生まれたフィールドスポーツのひとつにして、特権階級たちの嗜みでもあったハンティング。当初はノーフォークジャケットやツイードジャケットといったテイラード由来のスタイルが主流であったが、アメリカならではの合理性に揉まれながらカバーオールやミリタリーガーメンツ同様、需要と用途に特化した“着る道具”へと変遷していった。そんなUSハンティングジャケット黎明期にあたる1910~50年代にかけてのアーカイブから、西さんが選び抜いた5モデルを見る。

1920s R.H.Macy & Co
ショート丈仕様のフィッシング兼用モデル。

Article image

ニューヨークに本部を置くアメリカの巨大デパートチェーン〈メイシーズ〉の母体となった「R.H.Macy & Co」社のオリジナル。左胸のロッドホルダーからフィッシング兼用モデルと考えられる。「極端なAライン+前振り袖という基本形に倣いながら、中にウェーダーを着用することを想定し、丈がかなり短く作られていて、素材は超高密度のコットンオックスフォード地を採用しています」。

Details

  • かつては単独の百貨店としては世界最大規模を誇ったニューヨークの名門「メイシーズ」の親会社こそが、タグに記載された「R.H.Macy & Co.inc」だ。

    かつては単独の百貨店としては世界最大規模を誇ったニューヨークの名門「メイシーズ」の親会社こそが、タグに記載された「R.H.Macy & Co.inc」だ。

  • 左袖口に配したフラップ付きポケットは、コンパスを収納するためのもの。長めに採ったフラップやポケットの付け位置がじつに特徴的。

    左袖口に配したフラップ付きポケットは、コンパスを収納するためのもの。長めに採ったフラップやポケットの付け位置がじつに特徴的。

  • 求める機能が近いことから、当時はハンティングとフィッシングを兼用して使えるジャケットがよく見られた。左胸に付いたストラップはロッドホルダー。

    求める機能が近いことから、当時はハンティングとフィッシングを兼用して使えるジャケットがよく見られた。左胸に付いたストラップはロッドホルダー。

  • ハンティングジャケット特有の意匠として、獲物を入れるための背面の超大容量ポケットも見逃せない。両脇にはそれぞれボタン付きのポケット口があしらわれる。

    ハンティングジャケット特有の意匠として、獲物を入れるための背面の超大容量ポケットも見逃せない。両脇にはそれぞれボタン付きのポケット口があしらわれる。

1930s Duxbak
きわめて貴重なリバーシブル仕様。

Article image

同カテゴリーでは大手の一角にあたり、〈ケンピット〉や〈ユティカ〉などのサブレーベルも展開した1904年創業の専業ブランドから。「ブラウンサイドはかなり汚れているものの、レッドサイドはあまり使用感がないことから、多人数でのゲームにおいて誤射などがないようMA-1のライニングのように視認性を高める目的から採用されたと思われます。赤いハンティングジャケットという違和感が何より気に入っていますね」。

Details

  • 左胸に施したポケットのフラップを開けると、サイズ違いのポケットがふたつ重なった変形ポケットが現れる。

    左胸に施したポケットのフラップを開けると、サイズ違いのポケットがふたつ重なった変形ポケットが現れる。

  • フロントの比翼箇所がふらしになっていて、ゲームポケットとして使えるようになっている。

    フロントの比翼箇所がふらしになっていて、ゲームポケットとして使えるようになっている。

  • 脇には通気性を考慮したベンチレーションを用意。また、アクションプリーツを施すことで可動性を高めた。

    脇には通気性を考慮したベンチレーションを用意。また、アクションプリーツを施すことで可動性を高めた。

  • リバーシブルで着用できる贅沢な1着で、表面の赤に対し裏面はベーシックなベージュを採用。ポケットもちゃんと付いていて両面ともつくりに抜かりなし。 

    リバーシブルで着用できる贅沢な1着で、表面の赤に対し裏面はベーシックなベージュを採用。ポケットもちゃんと付いていて両面ともつくりに抜かりなし。 

1940s Duxbak
ノーフォークを思わせる一風変わったパネリング。

Article image

同じく〈ダックスバック〉社製の40s。同ブランドは〈アバークロンビー&フィッチ〉をはじめとした他ブランドや他ショップとのダブルネームやOEM製品が多いことでも知られている。「前身頃にも後身頃にも同様のプリーツが存在し、背面にはループも見られることから、おそらくベルテッドスタイルを想定したモデルと考えています。同カテゴリーでは意外と珍しい仕様だと思いますね」。

Details

  • カフス裏にあしらったコーデュロイは、襟と同様に肌触りや保温性を考慮したれっきとした機能ディテール。

    カフス裏にあしらったコーデュロイは、襟と同様に肌触りや保温性を考慮したれっきとした機能ディテール。

  • フロントから脇の下まである大容量のuウエストポケット。中に入れた物が落ちないように、フラップは長めに設計されている。

    フロントから脇の下まである大容量のuウエストポケット。中に入れた物が落ちないように、フラップは長めに設計されている。

  • 背面の中央に設けたベルト状のプリーツ。ウエスト部分は貫通しているので、おそらくベルトを通すものと思われる。

    背面の中央に設けたベルト状のプリーツ。ウエスト部分は貫通しているので、おそらくベルトを通すものと思われる。

  • よく見るとボタンにはブランド名である「Daxbak」の文字が確認できる。パーツひとつからも、こだわりが感じられて嬉しい。

    よく見るとボタンにはブランド名である「Daxbak」の文字が確認できる。パーツひとつからも、こだわりが感じられて嬉しい。

1950s Unknown
テーラードジャケットを思わせる美麗Aライン。

Article image

30年ほど前にデッドストックで手に入れたという50sは、当初からタグやフラッシャーがなく詳細不明ながら、テーラードジャケットを思わせるAラインが特徴的。「過剰なディテールもなく、素材はコットンダックながらも重量は軽い部類に入るので、このモデルに関してはしばらく普段使いしていましたね。ポケットから肩のガンパッチまですべてが控えめで取り入れやすい」。

Details

  • 背面に設けたゲームポケットの内側。ボディの下部全面に大きな袋布を設けているので、どんなに獲物を入れても安心。

    背面に設けたゲームポケットの内側。ボディの下部全面に大きな袋布を設けているので、どんなに獲物を入れても安心。

  • 左脇の下付近にレイアウトした、ふたつのフラップ付きポケット。上段は二重構造になった機能ポケットで、下段は大容量ポケットになっている。

    左脇の下付近にレイアウトした、ふたつのフラップ付きポケット。上段は二重構造になった機能ポケットで、下段は大容量ポケットになっている。

  • 両肩には、重い荷物を背負ったときの擦れを配慮した、補強のためのガンパッチが施される。

    両肩には、重い荷物を背負ったときの擦れを配慮した、補強のためのガンパッチが施される。

  • ハンティングジャケットの生地としては定番のコットンダック。本個体の生地はほかと比較して柔らかくて軽い。

    ハンティングジャケットの生地としては定番のコットンダック。本個体の生地はほかと比較して柔らかくて軽い。

1950s C.H.Masland & Sons
ミリタリーにも通じる無骨さとデラックスなファンクション。

Article image

1866年、ペンシルベニア州にてフィールドスポーツブランドとして設立され、大戦時には軍需コントラクターとしてもその名を連ねた知る人ぞ知る名門。「軍需コントラクターという出自がうなずける無骨なつくりはもちろん、独自の迫力がこのブランドにはあると思います。ゴム引きのレインクロスやシームテープなど他とは確実に異なる先進性というか、異端な魅力がある。まあ、とにかく変わってますよ(笑)」。

Details

  • ミリタリーウエアを彷彿とさせる布製のブランドパッチ。プリントにはブランド名のほか、同ブランドの本拠地でもある「Carlisle,PA」(ペンシルバ州カーライル)の文字も確認できる。

    ミリタリーウエアを彷彿とさせる布製のブランドパッチ。プリントにはブランド名のほか、同ブランドの本拠地でもある「Carlisle,PA」(ペンシルバ州カーライル)の文字も確認できる。

  • この年代としては珍しく、シームテープを施した贅沢なつくり。コンディションもよく、ほとんど劣化が見られない。

    この年代としては珍しく、シームテープを施した贅沢なつくり。コンディションもよく、ほとんど劣化が見られない。

  • 左胸にあしらった変形ポケット。ふたつの荷室に対してフラップがひとつ付く。〈C.H.マスランド&サンズ〉は、他のアイテムでもこうした珍しい意匠が度々散見される。

    左胸にあしらった変形ポケット。ふたつの荷室に対してフラップがひとつ付く。〈C.H.マスランド&サンズ〉は、他のアイテムでもこうした珍しい意匠が度々散見される。

  • 特異なディテールが際立つ背面の図。背中と腰に、それぞれポケットを配した。

    特異なディテールが際立つ背面の図。背中と腰に、それぞれポケットを配した。

INFORMATION

THE CORONA UTILITY