古着予備校
第三講:力強いアメリカとシンクロして進化したUSカバーオールの世界。
講師:大淵毅

古着予備校 第三講:力強いアメリカとシンクロして進化したUSカバーオールの世界。講師:大淵毅 古着予備校 第三講:力強いアメリカとシンクロして進化したUSカバーオールの世界。講師:大淵毅

Photo: Takeshi Kimura

Text: Takehiro Hakusui

Edit: Yosuke Ishii

FASHIONREGULAR古着予備校

今日の古着ブームよりはるか昔、あらゆるカテゴリーにおける時系列や様々な仕様変遷がまだ解明されていなかった時代から、往年のライフスタイルやカジュアルガーメンツに着目し、それらを多角的に分析することで多くの史実を明らかにしてきたスペシャリストたち。デニム、ミリタリー、アスレチック、アウトドアといった各カテゴリーに精通する有識者たちを講師に迎え、歴史に名を残すアーカイブと、それらに紐づく背景や魅力にフォーカスする。第三回目は、〈ポストオーバーオールズ〉のデザイナー・大淵毅さんが語る、USカバーオール。

講師

大淵毅

ポストオーバーオールズ デザイナー

1962年生まれ、東京都出身。1987年よりニューヨークへわたりフリーランスのヴィンテージバイヤーとして活躍後、1993年に往年のアメリカンワークやミリタリーガーメンツから着想を得たオリジナルブランド〈ポストオーバーオールズ(POST O'ALLS)〉を設立。2018年には拠点を東京へと移し、中目黒に旗艦店もオープン。所有するヴィンテージアーカイブはワークウエアを筆頭にきわめて多岐にわたる。

Instagram:@takeshi_ohfuchi

インダストリアルなデザインなど、当時の気運がワークウエアにも当然現れている。

フイナム
フイナム

いつ頃からカバーオールはじめ、アメリカのワークウエアに興味を持ちはじめたのでしょうか?

大淵
大淵

22か23歳くらいの頃だったと思います。当時は「サンタモニカ」をはじめ、「メトロゴールド」、「デラウエア」、「バナナボート」、あといまはもうなくなってしまいましたが「シュプリーム」といった古着屋によく通っていました。もちろん10代半ば頃から〈リーバイス®︎〉のXXなど、いわゆるジーンズやGジャンをアメ横などに探しに行ってはいましたが、カバーオールやオーバーオールなどワークウエアを意識して掘りはじめたのは、1984年ぐらいだったと記憶していますね。

フイナム
フイナム

はじめて手に入れたカバーオールって覚えていらっしゃいますか? また、当時のワークウエア事情は?

大淵
大淵

今日着ている〈ペイデイ〉か後ほど紹介する〈スーパーペイデイ〉のどちらかだったと思います。これらをきっかけにカバーオール沼にハマっていきました。当時は一般的にはほとんど認知されていないカテゴリーでしたから、価格も安かったです。ライバルもいなかったので、古いものや珍しいものにも出会い易い環境だったと思います。

Article image これまで数多のカバーオールを所有し、袖を通してきた〈ポストオーバーオールズ〉デザイナー・大淵さん。自身のブランドでもカバーオールは代表作だとか。写真で着用しているのは、おそらくはじめて手に入れたという1920年代製〈ペイデイ〉の逸品。
フイナム
フイナム

どんな部分に惹かれたのでしょうか?

大淵
大淵

それまではGジャンやフライトジャケットなどのショートジャケットを5ポケットに合わせていたのですが、長尺のカバーオールの方が何となくエレガントというか。テーラードジャケット感覚で取り入れられますし、何ならジャケットの上にオーバーコートのように合わせられるところにも惹かれましたね。

フイナム
フイナム

ニューヨークに移住されてからも引き続き集めていらしたと訊いています。

大淵
大淵

そうですね。1987年に移住したのですが、学校に通いながら暇を見つけてはブルックリンなどに古着やデッドストックを探しにいっていました。当時、アメリカのヴィンテージバイヤーといえば、ハワイアンシャツやギャバジンシャツのような1940から50年代頃のハリウッド系、それから60年代頃のアイビー系辺りがメインに買い付けられ、デニムのワークウエアにはまだ誰も着目していなかったので、手付かずで残っていた。特にぼくが移住したニューヨークは人口も多く、ファーマーよりも工場や港などで働くワーカーなどがメインだったこともあり、デニムやストライプ、ダックなどさまざまな素材のものが玉数もまとまってありました。そんな感じで、さらに深くハマっていきました。

フイナム
フイナム

日本ではカバーオール、あるいはレイルロードジャケットとも呼ばれていますが、その起点はやっぱり鉄道作業員だったのでしょうか?

大淵
大淵

明確にはわからないですが、鉄道が一般的になる以前から、この型自体は存在していたはずです。1800年代から1900年代初頭頃までのアメリカの衣類は、ワークウエアに限らずヨーロッパから移住した人々が持ち込んだ服が起点になっており、その範疇を大きく超えたものではありませんでした。当時はまだカジュアルウエアといった概念はなく、正装であるスーツ、そして普段の生活服は主に作業着と、2通りくらいしか衣類の棲み分けがなかったと思うのです。それが1900年代を迎え、世界最大の製鉄会社としても知られるUSスチールが設立されたり各産業が盛り上がっていくと、次第にアメリカのワーカーに向けた衣類が大量に生産されるようになり、アール・ヌーヴォーからアール・デコ、そしてマシン・エイジへの変遷とほぼ時を同じくして、インダストリアルなデザインが時代のムードとなっていった。そんな気運がワークウエアにも当然現れて、時代とシンクロして進化していきました。ワークウエアにとって、1930年代頃まではそんな濃密な時代だったと思います。

黎明期から30年代までを進化の過程とするのであれば、その後は徐々に簡略化へと向かっていった。

フイナム
フイナム

ヴィンテージワークは西海岸よりも東海岸から出やすいと、よく識者から訊くのですが、そういった地域性みたいなものが他にもあるのでしょうか?

大淵
大淵

俗にストア系と呼ばれるブランドはもちろん全米を網羅していますし、西海岸には〈ストロングホールド〉のような御当地ブランドもありますから、一概に東海岸に集中していたとは言い切れないですが、確かに東にはニューイングランド地方やペンシルベニアをはじめとして古い工業都市も多く、ワークウエアがより重用された土壌ではあったと思います。また、田園エリアのファーマーたちが主にデニムを愛用していた一方で、色落ちするというデニムの性質を嫌ったスチールワーカーやファクトリーワーカーなど都市部の労働者たちにはダックの人気が高かったという例もあります。個人的には西海岸の自由なムードも好きですが、ワークであればよりインダストリアルな東寄りのデザインに惹かれますね。

Article image 大淵さんが所有するカバーオールコレクションの一部。カバーオールの進化の変遷が見て取れる、1910年代〜1940年代の希少なスーパーヴィンテージピース。
フイナム
フイナム

今回お持ちいただいたご私物は概ね何年代のものなのでしょうか?

大淵
大淵

1910~40年代頃のものになります。最初期は欧州ワークからの影響を残した3ポケット、台襟なし、カフスもシャツのような作りも多かった。それが20年代後半〜30年代に入ると、4ポケット、エンジニア・カフス、チンストラップ、チェンジボタンなどを備えたデラックスな作りのものが多く出てきました。一方で40年代には戦争による物資統制下に様々な簡略化を余儀なくされた通称“大戦”仕様へと移っていきます。以降、戦後50年代ではより生産性に優れた作りが主流となり、台襟なし、4ポケット、打ち込みボタンといった、今日へと続くカバーオールのテンプレートが完成していきました。つまり黎明期から30年代中頃までを進化の過程とするのであれば、その後は徐々に簡略化へと向かっていったと考えられるでしょう。

Article image 「それほど古い個体ではないものの、3ポケットや小さめのカフスなど、アメリカンワーク黎明期の象徴的なディテールをほぼ何も替えずに長年継続展開された」というニュージャージー発のマイナーブランド〈パターソン〉の40sヒッコリー。
フイナム
フイナム

大淵さん的には簡略化以前の個体が魅力的であると?

大淵
大淵

いえ、じつはそうとも言い切れませんし、古いから良いというワケでは決してありません。これまでいくつものカバーオールを見てきましたが、ファッションとして実際に着たいと思ったものがたまたま古い年代に多かっただけであって、もっと言えばいまもなお自分が求める理想形には出会えていないんです。理想の個体に出会えていないからこそ、ブランドを立ち上げたというのはあります。ヴィンテージとはいえ、やっぱり根本はファッションですから、着て良い感じで価格も買いやすく、細かいことを気にせず着られる方がぼくにとっては重要なことですね。

フイナム
フイナム

カバーオールもいまや世界的な高騰が続いていますが、ビギナーはどの辺りから狙えば良いでしょうか?

大淵
大淵

もちろんヴィンテージにはヴィンテージの魅力があります。とはいえ、ファッションとしてデザインされたものではないので、着やすさや着心地はじめ、今日的ファッションとの親和性も優れていないものも多いです。ですから、あまり古さや珍しさばかりにこだわることなく、実際に着てみて自身のスタイルに合ったものを見つけてほしいと思いますね。古着に限定するなら、アメリカンワークに傾倒したデザイナーもの、例えば1980~90年代の〈アルマーニ ジーンズ〉辺りも面白い角度ではないでしょうか。

各社が独自性を競い合った黎明期を中心に大淵さんが選ぶ私的USカバーオール5選。

1929年に勃発した世界恐慌の煽りを受け、失業者減を名目に当時のルーズヴェルト政権が実施した経済復興策「ニューディール政策」。過剰なまでの消費と生産に一旦歯止めをかけ、公共事業に重きを置きながら労働者たちを手厚くサポートしたことで、ワークウエアの需要が急速に伸び、全米に専業ブランドが乱立した。そんなUSワークウエアの黎明期から戦中までのアーカイブから大淵さんが選んだ5モデルとは。

1910〜20s BLACKBEAR
サブポケット完備の最初期デラックス。

Article image

西海岸はシアトル発の絶滅ブランドから。4ポケット仕様のラグランスリーブモデル。「我々は“亀の子ポケット”とも呼んでいる左胸の懐中時計用ポケットの形状がユニーク。この頃は他ブランドの差別化を図るためか、ブランドごとに独自デザインの亀の子ポケットを採用しているのが特徴的です。黎明期の個体ながら、4ポケット+内ポケット、やや大ぶりなロゴ入りのドーナツボタンなど、当時としてはデラックスな意匠が詰まっています」。

Details

  • 左胸には斜めに配した変形ポケットが付く。ペン挿しのほか、ポケットから懐中時計が落ちないようにステッチを施すなど工夫が見てとれる。

    左胸には斜めに配した変形ポケットが付く。ペン挿しのほか、ポケットから懐中時計が落ちないようにステッチを施すなど工夫が見てとれる。

  • 右胸内側には大きめのポケットがあしらわれる。経年により剥がれているが、ステッチと紙パッチの痕跡が確認できる。

    右胸内側には大きめのポケットがあしらわれる。経年により剥がれているが、ステッチと紙パッチの痕跡が確認できる。

  • 本個体の特徴のひとつであるラグランスリーブ。これにより肩の可動域が広くなり動きやすくなった。

    本個体の特徴のひとつであるラグランスリーブ。これにより肩の可動域が広くなり動きやすくなった。

  • カフスには“BLACKBEAR BRAND”の刻印が入る打ち込みのドーナツボタンをあしらわれる。

    カフスには“BLACKBEAR BRAND”の刻印が入る打ち込みのドーナツボタンをあしらわれる。

1910〜20s Carhartt
贅沢なチェンジボタンとリベット打ちされたカフス。

Article image

1880年代にミシガン州デトロイトにて設立され、いまなお世界中のリアルワーカーたちを支える名門。「カーハートも最初期から贅沢なディテールが見て取れる老舗のひとつ。各社が独自性とネームバリューをアピールするためブランド名を刻印し、特に30年代を代表するディテールとなったチェンジボタンも早くから導入していたことがわかります。リベット打ちされたカフスも他社ではあまり見られない意匠ですね」。

Details

  • 使い勝手を考慮してか偶然か、右胸のポケットに対してやや上めにレイアウトされた左胸の懐中時計ポケット。

    使い勝手を考慮してか偶然か、右胸のポケットに対してやや上めにレイアウトされた左胸の懐中時計ポケット。

  • 諸説あるが、洗うときに衣類が傷つかないよう取り外しができるように考えられたチェンジボタン。本個体はハートマークと客車がデザインされる。

    諸説あるが、洗うときに衣類が傷つかないよう取り外しができるように考えられたチェンジボタン。本個体はハートマークと客車がデザインされる。

  • リベットが打たれたカフス。ボタンはフロントと異なりドーナツボタンがあしらわれる。

    リベットが打たれたカフス。ボタンはフロントと異なりドーナツボタンがあしらわれる。

  • 襟の中央に注目すると二枚剥ぎになっているのがわかる。台襟の無い古いカバーオールにたまに見るパターン。

    襟の中央に注目すると二枚剥ぎになっているのがわかる。台襟の無い古いカバーオールにたまに見るパターン。

1920〜30s New Buffer
特徴的なドロップショルダーと美麗Aライン。

Article image

ペンシルベニア発のマイナーブランド。「黎明期ならではの3ポケット、ドロップショルダーに末広がりなAラインと、いまの感覚でも取り入れられそうな可能性を感じます。特にワークウエアの黄金期にあたる30s以前のものは簡素なデザインも多く、カフスのデザインがシンプルだったり着丈が短いものも少なくない。前開きのボタンが欠損していたのでトップボタン以外は他社製に付け替えています」。

Details

  • ステッチ幅も不均一で、やや簡素な作りの懐中時計ポケットだが、それはそれでヴィンテージならではの味わい深い表情に一役買っている。

    ステッチ幅も不均一で、やや簡素な作りの懐中時計ポケットだが、それはそれでヴィンテージならではの味わい深い表情に一役買っている。

  • 襟とボディは直接縫い付けられるのではなく台襟が施される。このようにシャツのように細くカーブした台襟はカバーオールではあまり見られない。

    襟とボディは直接縫い付けられるのではなく台襟が施される。このようにシャツのように細くカーブした台襟はカバーオールではあまり見られない。

  • ボタンにはブランド名である“NEW Buffer”と、その所在地である“JOHNSTOWN,PA.”の文字が確認できる。

    ボタンにはブランド名である“NEW Buffer”と、その所在地である“JOHNSTOWN,PA.”の文字が確認できる。

  • 袖口を調整するボタンがない簡素な作りのカフス。縫い合わせ部分の補強には赤いカンヌキステッチが施される。

    袖口を調整するボタンがない簡素な作りのカフス。縫い合わせ部分の補強には赤いカンヌキステッチが施される。

1930s Super Pay Day
大手ストアからのハイエンドモデル。

Article image

〈ビックマック〉などの運営でも知られるアメリカ3大ストアのひとつ「JCペニー」が展開したワークブランド。「〈ペイデイ〉のデラックス版としてスーパーの名を冠しています。スーパー付き個体の最たる特徴は、当時お目見えしたばかりの防縮加工をしたデニムを採用していること。最先端の加工技術にくわえ、4ポケット、チンストラップ、エンジニアカフスなど、豪華フル装備仕様。アメリカらしいアイデアと言える外付けブランドタグは〈ペイデイ〉の場合は早く、1920年代後半から採用されている」。

Details

  • 元々は生地の縮みに対応する為?に考案、採用されたトップボタンに付いたストラップがチンストラップ。

    元々は生地の縮みに対応する為?に考案、採用されたトップボタンに付いたストラップがチンストラップ。

  • 1920~30年代以降のアメリカンブランドでは多く見かけるが、ユーロブランドではほとんど見ない。

    1920~30年代以降のアメリカンブランドでは多く見かけるが、ユーロブランドではほとんど見ない。

  • ダブルカフス仕様で丁寧につくられた通称“エンジニアカフス”。ボタンにはブランド名のほか、8oz(オンス)の文字が刻印される。

    ダブルカフス仕様で丁寧につくられた通称“エンジニアカフス”。ボタンにはブランド名のほか、8oz(オンス)の文字が刻印される。

  • 本個体の特徴であるデニム生地。ブランドネームにも書かれている当時の最新であった8オンスの「SANFORIZED SHRUNK」(防縮加工)を施したデニムが採用されている。

    本個体の特徴であるデニム生地。ブランドネームにも書かれている当時の最新であった8オンスの「SANFORIZED SHRUNK」(防縮加工)を施したデニムが採用されている。

1940s Unknown
簡素化を余儀なくされた大戦仕様。

Article image

デラックスが主流となった黄金時代に逆行するような簡素なデザインは、物資統制下にあった大戦時ならでは。デニムジャケットの名品〈リーバイス®︎〉506同様、既成の月桂樹ボタンを採用しているのが見て取れる。「大戦モデルながらもチンストラップを備えた珍品。通常の大戦モデルなら4つボタン仕様の前開きも、何故か5+1つボタンになっています。トップボタンと第二ボタンの間隔が狭いのも、通常はもっと旧いものに見られるディテール。大戦らしくないディテールばかりですが、大戦期以外に作られた感じはしない個体ですね」。

Details

  • 第一ボタンと第二ボタンの間隔が狭い旧いディテールを持つ首元。

    第一ボタンと第二ボタンの間隔が狭い旧いディテールを持つ首元。

  • 一般的な大戦モデルのカバーオールとは違い、チンストラップが配される。幅の狭い台襟もクラシックだ。

    一般的な大戦モデルのカバーオールとは違い、チンストラップが配される。幅の狭い台襟もクラシックだ。

  • 袖口からやや離れた位置につくカフスボタン。ボタンは黒ラッカーの月桂樹ボタンが付く。

    袖口からやや離れた位置につくカフスボタン。ボタンは黒ラッカーの月桂樹ボタンが付く。

  • 物資統制の影響から、フロントポケットは2つに簡略化。四角いパッチポケットがウエスト部分に縫い付けられる。

    物資統制の影響から、フロントポケットは2つに簡略化。四角いパッチポケットがウエスト部分に縫い付けられる。

INFORMATION

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postoveralls.com

Post O’Alls NAKAMEGURO
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