スタイルの履歴書。大貫憲章 #4
ビートルズの来日が契機になったんだと思いますが、1967年あたりから日本にもバンドが目立ってくるようになります。それまではシンガーとかボーカル・グループが楽団をバックに歌うって時代でしたが、音楽業界が「エレキやバンドが金になる」と、そっちにシフトしていくんですね。これがいわゆるGS(グループ・サウンズ)ブーム。高校1年とか2年のころ、そのあたりに詳しいやつが同級生にいて、彼と一緒にはじめてGSのライブを観にいくことになるんです。
最初に行ったライブハウスは新宿南口にあった「ACB(アシベ)」。普通に客として行ったんですが、やがてその友達が「タダでライブを観られる方法があるぞ」という。これは機材車から機材をおろして所定の位置に設置するのを手伝うというもので、なぜか友達はバンドのローディーのひとたちとも顔見知りだった。それでぼくもそれに乗っかるようなかたちでやることにしたんです。ただ、客席で観ることはできなくなって、楽屋か楽屋までの通路で演奏を聴いていましたね。はじめのころは学生服で行ってたんですが、制服はさすがにマズイだろということで、駅のトイレで私服に着替えるようになりました。
ぼくたちが仲良くさせてもらっていたのが「ビーバーズ」というバンド。当時のGSのバンドは海外の曲のカバーがライブのレパートリーのほとんどだったので、演奏した曲についてや楽器のことを訊いたりしましたね。
1951年2月生まれ。大学在籍中より音楽評論家としてキャリアをスタートし、その活動歴はすでに半世紀以上。特にパンク・ロックへの造詣が深く、1980年6月に新宿の「ツバキハウス」でスタートした『LONDON NITE』は現在も続くDJイベントで、その影響力は計り知れません。2025年1月には『HISTORY OF KENSHO ONUKI 大貫憲章 回顧録』を出版。毎週金曜日の24時からinter FMで『Kenrocks Nite – Ver. 2』が放送中。
インスタグラム @kensho_onuki