Unlikelyナカダシンスケの物欲回収手帳。Vol.01 オールド・ケメックス

Unlikelyナカダシンスケの物欲回収手帳。Vol.01 オールド・ケメックス Unlikelyナカダシンスケの物欲回収手帳。Vol.01 オールド・ケメックス

Photo: Takeshi Kimura

Edit: Yosuke Ishii

COLUMN

止まらない好奇心と物欲に身を任せて。デザイナー・中田慎介が、アンライクリー(あまのじゃく)な視点で回収してきた名品、珍品の数々をご紹介します。第1回目は、オールド・ケメックス。

まわりとの差別化から生まれた、アンライクリーなセンス。

フイナム
フイナム

アイテム紹介の前に、中田さんがものを選ぶうえで大事にしていることを教えてください。

中田
中田

オリジンを知ることですね。もちろん、ぱっと見の好き嫌いはありますが、自分の琴線に触れたものを、まずは深掘りします。これは正しいものなのか、模倣品なのか、どういったルーツを持っているのか。自分のなかで感覚的なテストをする感じですね。

フイナム
フイナム

確かに中田さんのつくる服や身につけているものは、ルーツを感じさせるものばかりです。

中田
中田

以前働いていた「ビームス」の影響が大きいかもしれませんね。うわべだけの格好じゃダメだ、と叩き込まれたので。なかでも入社したての「ビームス プラス 原宿」での経験は、得るものがたくさんありました。そこでアメリカン・トラディショナルを学び、ルーツを知る大切さやディグる楽しさを覚えたんです。

フイナム
フイナム

そこからどうやって、中田さんらしいセンスやオリジナリティが磨かれていったのでしょう?

中田
中田

「ビームス」は大所帯で個性的なスタッフも多かったので、そのなかで目立つにはどうしたらいいのか、自分なりの強みとは何か、というのを常に考えていたんです。ワン・オブ・ゼムでは、この中では生き残れないので。

 

そこでまず、オープニングスタッフとして入った「ビームス プラス 原宿」では、まわりのスタッフとの差別化をするために、あまのじゃく(アンライクリー)な場所を探したんです。そこで行き着いたのが、小物でした。

フイナム
フイナム

服ではなく、帽子や巻き物の小物?

中田
中田

そうです。出来上がったばかりのお店だったので、みんながまだ小物にまで目が向いていなかった。そこで自分は、帽子や靴下とか、小物を毎日変えるようにスタイリングを意識したら「こいつに小物をやらせてみたら面白いかもな」と思ってくれるんじゃないかという仮説を立てて、アプローチしたんです。みんなと同じじゃアピールできないから。

フイナム
フイナム

中田さんのあまのじゃくなセンスは、まわりとの競争から生まれたものだったと。

貴重な40年代製からデッドストックまで。こつこつと集めたオールド・ケメックス。

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中田
中田

今回持ってきた〈ケメックス〉のコーヒーメーカーは、その当時の「ビームス プラス」のバイヤーが買い付けてきたことをきっかけに知ったものです。いまでも覚えていますが、「ビームス」に入社して、いちばん最初に買ったのが〈バラクータ〉の黄色のG-9と、〈ケメックス〉でした。

「ビームス プラス 原宿」では、「bpr」という雑貨レーベルも展開していて、洋服にだけにとどまらない、アメリカンカルチャーを発信していたんですね。アメリカを代表する文化としてのコーヒー、そこで〈ケメックス〉のコーヒーメーカーがセレクトされていたわけです。

フイナム
フイナム

コーヒーメーカーとしては、ちょっと変わった形をしていますよね。

中田
中田

デザイナーはピーター・シュラムボーンというドイツ人の科学者で、おそらくフラスコから着想を得てデザインされたものと記憶しています。その高いデザイン性と実用性から、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、フィラデルフィア美術館、スミソニアン博物館などのパーマネントコレクションとして認定されています。現在もなおアメリカ製を貫いているのも、グッとくるポイントですね。

 

当時のぼくはコーヒーのブラックなんて飲めなかったんですが、ただただ部屋に飾りたいっていう理由で買ったんです。

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フイナム
フイナム

実用ではなく、インテリアとして購入されたと。

中田
中田

そうですね(笑)。このあたりに関しては、学生時代にハマっていた裏原の影響ですね。当時の裏原の人たちがミッドセンチュリーのインテリアを愛用していて、その流れでイームズを知って手に入れたり。それこそ〈ケメックス〉は、イームズハウスにも飾られていましたし、ぼくが憧れている人のまわりには必ず〈ケメックス〉があったんです。

フイナム
フイナム

今回ご紹介していただくものは、どういったものなんですか?

中田
中田

今日持ってきたのは1941年から1960年代までに製造された、俗にいうオールド・ケメックスと呼ばれるもので、〈パイレックス(Pyrex)〉社にガラス部分の製作を依頼していた時代のコーヒーメーカーが6つとウォーマーです。

フイナム
フイナム

では、一つひとつどういったものか教えてもらえますか?

60s CHEMEX CM-1

中田
中田

まずこちらが60年代製の「CM-1」で、コーヒー1〜3杯分サイズのものです。オールド・ケメックスだと「CM-3」(2〜9杯分)は流通量も多くよく見かけるのですが、これはそれよりもずっと小さい。1〜3カップと使いまわしが悪いせいか、このサイズのオールドがなかなか見つからなくて、手に入れるまでに時間がかかりました。

60s CHEMEX CM-3

中田
中田

続いてこちらが、サンフランシスコではじめて手に入れたオールド・ケメックスで、60年代製の「CM-3」です。現行品との違いでいうと、オールド・ケメッスは底に3つの脚(台座)が付いているのと、ガラスが〈パイレックス〉社製なんです。比べてみると明かにガラスが分厚くて重みがあります。

40s CHMEX CM-3

中田
中田

そして、さらに掘り進めていくともっと古いものが存在すると知って。ミッドセンチュリー展に出店していた、とある国内のアンティークショップから購入したのが、この40年代製の「CM-3」です。最大の特徴は、注ぎ口にエンボスのロゴが入る点。こちらも同じく〈パイレックス〉社製です。

 

それなりに高額でしたが、自分へのご褒美として頑張って買いました(笑)。この40年代製のものは、影響を受けた「ビームス」時代の先輩バイヤーも持っていて、憧れていた個体。状態の良いものをずっと探していたんです。

60s CHEMEX CM-2

中田
中田

続いては、NIGOさんがかつて手掛けていたヴィンテージ・トイと雑貨のお店「コールドコーヒー」で手に入れた「CM-2」です。そのお店は好きでよく通っていて、いろいろ買わせてもらった中のひとつが、この〈ケメックス〉。「ずっと探していた『CM-2』がある! しかも安い!」となって、即決で手に入れたのを覚えています。年代は60年代製で、いちばん実用的で使いやすいサイズですね。NIGOさんのサイン入りのプレートは、購入した際の付属として付いてきたも。ここで買った証として記念に取ってあります。

当時は意外とまだこのあたりの雑貨を気にしている人が少なかったんですが、ぼくには「コールドコーヒー」のセレクトが刺さっちゃって、フィギュアなんかもよく買いましたね。

60s CHEMEX CM-4

中田
中田

今日持ってきた中だといちばん大きいのが、この「CM-4」です。カップ数は2〜14杯分とかなり大きめで、高さもあります。「CM-1」と比べると、その大きさは歴然と違いますよね。この個体はウッドハンドルも削れて、アジが出ていますね。ハンドルはプラスチック製のものもありますが、ぼくはウッド製の方が好きで、こればかり集めています。

 

これよりもさらに大きい、オールドの「CM-5」(6〜20杯分)も持っているんですが、今日持ってくるのを忘れてしまいました…(笑)。

60s CHEMEX CM-3(DEAD STOCK)

中田
中田

で、つい最近手に入れた、箱付きデッドストックの一品。ぼくの尊敬する蒐集家、エバーグリーンワークスの代表、藤本さんからお譲りいただいたものです。藤本さんの倉庫に連れていってもらったときに、不意に「これあげるよ」って言っていただいて。箱の中には当時のペーパーフィルターや取り扱い説明書にも入っていてキュンキュンに興奮しました(笑)。こうした実用的なもののデットストックって珍しいから、まさか当時のままの完品が手に入るとは思いもしなかった。自分にとって大事な一品です。

70s CHEMEX ELECTRIC WARMER

中田
中田

ちょっと変わったものだと、〈ケメックス〉専用のホットプレートで、正式名称は「エレクトリック・ウォーマー」というのもあります。ロゴを見る限り、おそらく70年代製くらいですかね。「CM-3」がジャストフィットするサイズで、〈ケメックス〉のコーヒーメーカーの底に付いた脚が、エレクトリック・ウォーマーの凹みにぴったりと収まります。

〈ケメックス〉を調べていくと、コーヒーにまつわるアイテムをいろいろと展開していて、知れば知るほどおもしろい。フィルター・ドリップなんてのもあるし、紅茶用のケトルもあったり。昔のカタログを見ながら、こうした派生ものも探しています。

合理的なデザインと大量生産にアメリカを感じる。

フイナム
フイナム

オールド・ケメックスの魅力はなんでしょう?

中田
中田

まずは何より、アメリカン・カルチャーへの憧れですね。学生時代から憧れている、ミッドセンチュリーのアメリカン・ライフスタイル。当時の人たちがどんなツールを使って日々の生活を潤わせていたのかなど、アイテムを並べてあれやこれや想像するのが大好きでして。オールド・ケメックスはいまよりもガラスが分厚く、力強さがあるところに当時の強いアメリカが見え隠れしているようで、好きなんです。

また、アメリカのタイポグラフィやアートワーク、企業ロゴをディグるのが大好きで、どの年代にも存在する美しいバランスで構成されたロゴの数々はアメリカの歴史を楽しむ教科書のひとつです。

ぼくの好きなロゴデザインのひとつに〈パイレックス〉があります。長い歴史のなかで変化、成長をしていく変遷を眺めるのも楽しいブランド。〈パイレックス〉と同じように〈ケメックス〉の昔のロゴや広告のグラフィックにもグッとくる。

オールド・ケメックスは、そうしたものも楽しめるのが魅力ですね。〈ケメックス〉のカタログなんてずっと眺めていられるし、自分にとっては貴重な資料です。

フイナム
フイナム

デザイン面ではいかがでしょうか。

中田
中田

研究者がフラスコを見て、コーヒーメーカーを思いつくっていうストーリーが、既にあまのじゃくでおもしろいじゃないですか。

 

それでいて構造的にも確かに納得できる。ドリッパーとサーバーが一体型になっていて、そのまま注げるのも合理的でじつにアメリカ的でいいですよね。

フイナム
フイナム

陶器でいうと、民芸品に流れる人もいます。

中田
中田

ハンドクラフトの民芸品をコレクションする人も多いけど、40年代から70年代に大量生産されたガラス製品にも、割れずに現存していることの奇跡があり、自分的には同じような価値があるし、こうしたデザインの美しいものを大量生産でつくろうとした努力は、リスペクトに値するものものだと思っていて。

 

当時の大量生産にザ・アメリカを感じるし、そこに魅力を感じてしまうんです。

フイナム
フイナム

知れば知るほどオールド・ケメックスは奥が深いですね。今後狙っているものはありますか?

中田
中田

各サイズもコンプリートしましたし、40年代のエンボスロゴを手に入れて一通りは揃ったので、自分的には満足かな。

 

他にも欲しいものがまだまだあるので、〈ケメックス〉を深掘りする旅は一旦終了ですね。

Profile

中田慎介 / デザイナー

1977年生まれ、栃木県出身。大学卒業後は「ビームス」に入社。メンズカジュアルのチーフバイヤーやディレクターなどを経て2023年に独立。自身のブランド〈アンライクリー(Unlikely)〉のほか、様々なブランドの外部ディレクターを手掛けるなど八面六臂の活躍をみせる。
@nakadashinsuke
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