HANG OUT VOL.1

LONG TRAIL

Chapter 08

2024.09.13

Text:Takashi Sakurai

Edit:Yusuke Suzuki

Illustrator:Natsuko Yoneyama

HANG OUT VOL1

HANG OUT VOL.1LONG TRAIL

きのこも注意だよ!

山を歩いていると目にするきのこ。山菜や清らかな水と並んで、人間が口にできる山の恵みの代表格のひとつだけど、毒きのこには要注意。口にしたら最悪命を落としてしまう危険があるし、中には触れてはいけないやつもあるらしい。でも、ただ危ないだけ?
少し視点を変えれば、毒きのこも自然界では必要不可欠な存在なんです。

Chapter 08 | Be careful with mushrooms, too!

ドクツルタケ
初期症状は嘔吐・下痢などの消化器系の食中毒。その後タンパク質の合成阻害が起き、第2段階目の症状として腎臓、肝臓がスポンジ状になって死んでしまう。

ひとことで“きのこ”と言っても。

登山者が気をつけるべき毒キノコというテーマにしたものの、実際に知らないキノコを採って食べる人って相当イッちゃってると思うのだが……。

「アウトドアに関心がある人が、BBQ場などで間違って毒キノコを食べてしまったという話は聞いたことがあります」

そう教えてくれるのは、千葉県立中央博物館のキノコ博士である吹春俊光先生。しかしその辺に生えているキノコを知識のないまま食べる人が本当にいるとは……。「おれはアウトドア達人だぜ」的な発想なのか。たしかに食用、毒に限らずキノコに詳しい登山者がかっこよく見えるという側面はある。

「たとえば、キャンプ場でオオシロカラカサタケという毒キノコを食べてしまったという話があるんですが、それってめちゃくちゃ不味い毒キノコなんですよ。よく食べられたなと」

見栄っ張りな食べ方による事故もあるんではないか。要は非日常に居るからと言って調子にのるなという話である。さらにキノコは個体差がものすごくあるので、素人判断は危険。まるでシメジのような形のものが、実は毒を持っていることも多々あるのだ。

「それこそ毒キノコって意外とたくさんあるんですよ。全体の1割程度は毒キノコ。日本には2500種くらいの名前がついたキノコが知られていますが、約200から300種が毒キノコ。死んでしまう猛毒のものも全体の約1%くらい存在します。100本に1本程度。また地域や森の植生によってもぜんぜん違います。そもそも日本産のキノコの約3割程度しか名前がついていない。そのへんにある大形のものでも、7割程度は名無しのキノコの可能性があるのです。だから今回挙げさせてもらった毒キノコは、信越トレイルなどを参考にブナ林縛りにしてあります」

ニガクリタケ
名前のとおり味は苦く、見た目は食用のクリタケと間違えやすい。食後3時間ほどで激しい腹痛、嘔吐、下痢などの症状が。死亡例も確認されている。

見た目で判断できないから知識が大事。

それがカエンタケ、ドクツルタケ、ツキヨタケ、ニガクリタケ。うちいくつかは、信越トレイルを歩いたときにも見かけたキノコだ。

「それが針葉樹林になると、ドクヤマドリなどになってきます。それからカエンタケなんですが、ブナ科の樹木が枯れてしまうナラ枯れという現象が発生している森に生えます」

このカエンタケは、低山でたまに注意喚起の看板を目にする。食べるのはもちろん、触っても危険という内容なのだが、そのあたりは本当なのか?

「毒性でいったら日本産の毒キノコのなかでは最強です。致死量はわずか3グラム。1990年代には死亡事故も起きています。民宿で泊まっていたお客さんが、度胸試し的な感じで酔っ払って食べてしまったらしいんですよね。触ったらダメというのは、毒成分の中に皮膚をただれさせる成分が確認されているからですね。ただ、実際に事故になったケースは聞いたことがないです。専門科によれば“触るなというより、絶対にかじってはダメ”なのだそうです。

カエンタケは19世紀の末、フランス人菌学者によりチベット産の標本をもとに新種記載されたアジアの毒キノコなのです。日本でも従来、原生林に近いような環境に生えるきわめて希なキノコだったのですが、近年のナラ枯れにともない、人里に広く見られるようになりました。しかし、それでも出会うのはなかなかむつかしいようです」

奥深き毒キノコの世界。他のツキヨタケ、ドクツルタケ、ニガクリタケについても伺っていく。

「ツキヨタケはかっこいいんですよ。光るキノコです。しかもおいしいらしいんです。でも、その後は激しい嘔吐、下痢を引き起こします。実はこのキノコ、今昔物語にも登場するんです。内容としては形や生態が似ていて、食用美味のヒラタケと間違えることが当時からあったらしく、上司の僧侶を毒殺するためにツキヨタケが使われたというものです」

いまから1000年以上前から、毒キノコか食用かを迷いながら利用していたというのも興味深い。日本人のキノコとの付き合いがいかに長いかが感じられるエピソードだ。

「ドクツルタケもかっこいい毒キノコです。ただ毒性はかなり強くて、1本食べると死んでしまうと言われています。初期症状は嘔吐・下痢などの消化器系の食中毒なのですが、その後いったん収まるんです。でも毒が吸収されてしまっていると、タンパク質の合成阻害が起き、第二段階目の症状として腎臓、肝臓がスポンジ状になって死んでしまう。当然、病院に入っているのですが、じわじわと弱って苦しんで1週間後とか10日後に死亡するのです」

想像するだけで苦しそうな死に方だ……。間違えて食べてしまって一家全滅なんていう怖い話も残っているそうで、日本でも死亡事故がもっとも多い毒キノコのひとつ。欧米などでは殺しの天使などと呼ばれ恐れられているという。

「ニガクリタケは、名前のとおり苦いです。食用のクリタケと間違えやすいですが、口に入れたら味でわかるはずです。苦かったら絶対に飲み込まず、すぐに吐き出しましょう。食後3時間程度で激しい腹痛、嘔吐、下痢などの症状がでます。死亡例も確認されていますね」

ツキヨタケ
光るきのこ。味はおいしいらしいが食べると激しい嘔吐や下痢を引き起こしてしまう。食用のヒラタケと間違えることがあったらしく、今昔物語にも登場する。

ヒトから見るきのこと自然界から見るきのこ。

では、万が一毒キノコを食べてしまったらどうするのがベターなのだろうか。

「1番良いのは食べたキノコを持って、これを食べましたとお医者さんのところにすぐ行き、キノコの食中毒だと知らせる。そしてとにかく食べたものをもどす、というのが大事です。吸収されてしまったらアウト。山の上だったらどうしようもないかもしれないですね」

怖さは十分わかった。でも毒キノコを見分けるにはいったいどうすれば良いのだろう?

「毒キノコには角が生えているとか、派手な色をしているとか、そういうルールはないですから。個体差もすごいので、人の顔を覚えるように覚えていくしかないんです。図鑑を5冊並べたら、同じキノコなのにぜんぶ違う顔をしてますからね」

知れば知るほど、毒キノコおそるべし……となるところだが、吹春先生に言わせれば、それでは毒キノコが可哀想なのだそう。

「毒キノコといっても、それはあくまでも人間サイドの話ですからね。たまたま人間が食べられない、というだけで悪者にしてしまうのにはちょっと抵抗があります。キノコって、その菌糸を使って森の植物のあいだのネットワークを築いているんです。共生という物質的な栄養の流れだけでなく、最近では菌糸によって何らかの情報のやりとりをおこなっているという説もあります」

病気になった木がいたら、それを菌糸で伝達して、他の木が対策を立てて、耐性をつけることがあるという。それが本当だとすれば、キノコは森のインフラであり、人で言うところの脳細胞や神経系の役割を果たしているということになる。

「今回紹介した毒キノコたちも、死んだ樹木を分解して土に還したり、共生する植物同士を菌糸でつないでネットワークを築いたり、すべてが森の役にたっているんです」

キノコ愛たっぷりの吹春先生の話を伺って、ちょっと毒キノコの見方が変わった。地球規模で言えば、人間なんかよりよっぽど役にたっている。トレイルを歩けばいたるところで目にすることができるキノコたち。その裏に隠された奥深き世界にもっと目を向ければ、さらに自然を深く知ることができるはずだ。とはいえ知識がない状態で無闇に食べるのはダメ、絶対!

カエンタケ
毒性でいったら日本産の毒キノコのなかでは最強。致死量はわずか3グラムで、ブナ科の樹木が枯れてしまうナラ枯れという現象が発生している森に最近は頻出。

PROFILE

吹春俊光

1959年福岡県生まれ、京都大学農学部卒業の農学博士。著書に『くらべてわかるきのこ』『おいしいきのこ毒きのこハンディ図鑑』や、『マイコフィリア きのこ愛好症』の監修に携わるなど、千葉県立中央博物館のキノコ博士として知られる。

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