長谷川昭雄の対談連載
まじめに働いてんじゃねーよ!!(仮) Vol.02 蔡俊行 後編
ファッションディレクター、スタイリスト。英国の雑誌『モノクル(MONOCLE)』の創刊より制作に参画、ファッションページの基礎を構築。2014年には同誌のファッションディレクターに就任。2012年から2018年秋まで雑誌『ポパイ』のファッションディレクターを務めた。2019年よりフイナムと共同でファッションウェブマガジン「AH.H」をスタート。
編集者。「Commune H」編集長、「HOUYHNHNM」の発行人であり、統括編集長。株式会社ライノ代表。
対談の舞台は、長谷川さんが最近よく通っているという、「ØC tokyo」。野菜中心の美しいコース料理と、美味しいナチュラルワインを肴に、対談は4時間を超えて。。
『POPEYE』のニューイングランド号のお話をもう少し聞きたいです。
(パラパラと誌面を眺めながら)そうそう、ロケ地になったマーサズ・ヴィニヤードっていう島。ケープコッドからフェリーで行くんだけど、ここに行きたいから企画したっていうのもある(笑)。
モデルの子たちってどうしたんですか?
ニューヨークでオーディションしたんだよね。
そうなんですね。でも日本からは連れてはいけないですもんね。
この時代の『POPEYE』のニューヨークロケのコーディネーターをやってらした方ですよね。
そうそう。そのとき良太に初めて会って。(鈴木)芳雄さんがその前に何度か良太と仕事してたみたいで。良太とは同い年でなんか気が合って、今でも付き合いがあるんだけど。当時は『POPEYE』だけじゃなくて、マガジンハウスの雑誌をだいたいやってたと思うよ。
普段はニューヨークにいらしたんですかね。
そうだね。東海岸は良太で、西海岸はKazooさんっていう方。だいたいその二人がコーディネート業をやってたんじゃないかな。そういえばこのときアシスタントとして、山下りかちゃんっていうスタイリストにもロケに同行してもらったな。元『Olive』のスタイリスト。当時ニューヨークに住んでたから。それも芳雄さん経由で紹介してもらった気がする。
ファッションビジュアルのカメラマンは、村林(真叉夫)さんとあります。
当時の社カメね。難しいおじさんだったけど(笑)、写真はすごいよかった。
この時代の社カメの方って、写真すごい素敵ですよね。
うん。うまいね。
この〈REDWING〉にスウェットの組み合わせ、すごくいいですよね。〈REDWING〉に合わせるのってやっぱり「501」とかになっちゃうじゃないですか。そうじゃなくてスウェットに、っていうのが、今見てもすごくかっこいいです。
長谷川くんにそんなふうに言われると、なんかゾワゾワしてくるね(笑)。
いや本当かっこいいです。僕の周りのひと、みんなこれに影響受けてます。なんか強烈だったんですよね。
本当? だったらありがたいけど。
当時、こういうスタイリング業ってよくやってたんですか?
いや、そんなにやってないけど、これは自分の企画だから自分でやった方が早いって話だったと思う。「蔡くんやんなよ、できるでしょ?」みたいな。
結構体数もあるし、すごい量の服を持っていったんじゃないですか?
いやでも、カルネは作らなかったような気がするんだよね、違ったっけなぁ。。
表紙の写真の犬はどうしたんですか?
たしか、誰か現地で散歩している人に声かけて借りたんだよね。明日犬連れてきて、みたいな感じで(笑)。
ゴールデンリトリバー4歳、って書いてます。
それは俺が勝手に作ったストーリー(笑)。ページに入ってる散文詩は、全部俺が適当に想像で書いたやつ(笑)。
この砂浜、足跡が一組しかついてないから、一回で撮ったんですね。
そうかもね。見るところがプロだね(笑)。話してるうちにだんだん思い出してきた。写真のセレクトもすごく慎重にやったなぁ。
僕はこの号を高校生のときに見てるんですけど、その頃ってすごい真剣に見るから、とにかく刷り込まれてますね。
取材ページも充実してますよね。
ちょっと前に住んでたあたりのエリアだから、いろいろ知ってるところが多かったっていうのもよかったのかな。
こういうときって、その都度アポをとってって感じなんですか?
そうだね。行く前に電話かけて。当時は大概オッケーなんだよね、こういうの。だからそんなに難しくなかった。
蔡さんといえばの〈NEW BALANCE〉。すでにラルフ・ローレンのことを書いてますね。
あぁ、ラルフ・ローレンも履いてたらしい、ってやつね。
え、それって蔡さんが最初に書いたんですか!?
そう。本当かどうかわかんないよ、っていう(笑)。でもそんな感じの写真は見たことあるんだよね。まぁ、裏はない(笑)。
えー。みんなだいぶそれに影響受けたと思います。蔡さんのそのデタラメな原稿で(笑)。
デタラメ! その通り(笑)。俺の周りの人も「あれは蔡ちゃんに騙されたよね」って言ってる(笑)。
特集の最後にJALのページがあるので、サポートをいただいていたみたいですね。
ホントだ。全然覚えてないなぁ。この写真、こんなに小さいサイズで扱うにはもったいないぐらいいい写真だね。村林さんかな、、あ、芳雄さんだ! そっか、芳雄さんも写真好きで、なんか撮ってたもんなー。
クレジット入ってますね。
それで思い出したけど、芳雄さんが好きだったジョエル・マイヤーウィッツっていう写真家がいて。8×10でケープコッドの写真とかを撮ってる人なんだけど。その人の写真集とか、出張に行く前に買ったなぁ。
今なかなか海外に行けないからこそ、メディアでこういうことをやったらみんな見たいのかもしれないですよね。
たまにそういうことを考えるんですけど、どっちなんですかね。なかなか行けないから読者にとってはリアリティがなくて、興味を持ってもらいにくいっていうことなのか。
伝え方の話だと思うよ。センスっていうか。この号は今見ても気になる感じだし。
そうかもね。こういう見出しとかなんか色々書いたな。今見ると恥ずかしいけど。
さっきも話しましたけど、昔の先輩たち、それこそリリー(フランキー)さんの一筆書きみたいな原稿とか、手書きの時代からやってる人たちの原稿っていうのは、文章の構想がはっきりあるからすごいなって思います。レベルが違う。
そんなに大したものではないけど、書く前に何を書こう、何を伝えようっていうのを考えてはいたね。そのために前振りを考えて、オチを考えてから書き始めてた。今はとりあえず書き始めちゃうもんね。
そうですよね。
書きながら考えて、なんか降りてくるときがあるんだよね。それがオチに繋がる。そういうときって調子いいんだよね。降りてこなかったらオチない(笑)。
あ、このビッグサイズのページもすごい好きだったんです。うちの師匠のページ。 これも同じ号だったんだ。ますますこの号ヤバいですね。
まさに伝説ですね。
今はどうかわからないけど、昔はマガジンハウスには面白い人が集まってたと思うな。
それはフリーランスですか?
フリーもだし、社員編集も。今ってどこの編集部の子もファッション好きでオシャレだよね。小洒落てる。昔の『POPEYE』にそんな人いないからね(笑)。
たしかに。
でもなんか勘がいいっていうか、ずれてないっていうか。
すごくわかります。
ただ頭がいいとか、学歴が高いっていうだけじゃなくてね。そういうところが、やっぱりマガジンハウスが雑誌作りに関しては日本一って言える所以なんじゃないかな。
やっぱり紙はいいですよね。最近改めて思います。
最近また『Monocle』のスタイリングもやってますよね。
そうだね。時間が経って、年をとってみるとまた違うものが見えてくるというか。タイラー(ブリュレ氏。『Monocle』編集長)含め、ロンドンの皆が自分の仕事で喜んでくれるっていうのも嬉しいし。
長谷川くん、いまいくつだっけ?
49です。
いい年齢だね。もうすぐ大台だ。常々思うんだけど、スタイリストってすごいよなって。服を作る人も本当に立派なんだけど、スタイリストとかDJってすごいと思う。なぜかっていうと、そういう人たちがいなかったら、それ以上増幅しないからさ。みんなすごいんだけど、とくにスタイリストの価値っていうのは新しいものに気づかせてくれることだよね。
紙の良さというか、面白さについては自分も最近改めて感じています。「AH.H」で長谷川さんとご一緒した〈POLO RALPH LAUREN〉のリーフレットとか楽しかったですし、WEBとはまた違った手応えがありました。
WEBの良さってやっぱりスピード感だと思うんですけど、それとはまた別で、紙の良さっていうのもあるなって。今、新聞(『HANG OUT』)作ってますよね。あれ、めっちゃいいですね。
あ、ホント?
とくに2号目、好きでした。
あのばかばかしいやつ(特集:呑む・打つ・買う)ね(笑)。悪くはないと思うんだけど、もうちょっとなんとかしたいなと思ってて。もっと驚かせたい。そうきたかって。
ちょっとした見出しとか、大したこと書いてないんだけど、引き込まれるんですよね。
あぁ、それ俺が書いたやつ(笑)。
言葉の使い方っていうか、掴まれるところがあります。
新聞なので、15段組になってるページもあって。
書いてる内容よりも、そのしつらえが大事みたいなところもあって。「天声人語」というか。そういうところにはこだわりたいんだよね。
そういう細かいところを面白いと思えることが大事だと思うんですよね。今って、コンビニが雑誌を置いてくれないじゃないですか。ファッションって多分コンビニがあったから広まったと思うんですよね。本屋さんじゃなくてコンビニっていうイージーな部分があったから、日本ではファッションがすごく広まった。
それはすごくわかる気がします。
紙には紙の価値って絶対あるわけで、蔦屋書店なんかはその面白さを広げていくっていうことを、絶対やりたいはずなんですよね。
長谷川くんも、なんかやってなかったっけ?
だから「フイナム」でもそういうようなことをやっていった方がいいと思うんですよね。カルチャーを伝えていくことというか。蔦屋書店ぐらい、そうしたことをサポートしてくれるところってほかにないと思うんです。
たしかにね。今また、一周回ってこういう紙が面白いとは思うんだよね。
「AH.H」でもこれまでの記事をまとめよう、という話はあるんです。
ただ、あれをまとめ直すのって、めちゃくちゃ大変だから、何かいい方法ないかなって。あれをやるだけで一生終わっちゃうんじゃないかっていう気がして。。
そういうことこそ編集の仕事だから考えないと。まぁ雑誌は相変わらず厳しいよね。どこかで止まるとは思うけど。ただ、40~50代の女性向けの媒体は、元気な気がする。
60代〜向けの雑誌もありますよね。
こないだコンビニで萬田久子さんが表紙になってる雑誌を見たんです。そういう媒体があるってことは需要があるってことですもんね。
まぁそうだね。
『ku:nel』も、いまはそういう方向性ですよね。
そうなんだ。振り幅が広い雑誌だよね。
昔の『クロワッサン』とか、そういうのに近いんですかね。
あぁ、なるほど。
そういう雑誌ってもっとアップデートした方がいいと思うんですよね。時代はどんどんアップデートされてるわけで。例えば、年配の女性向けの媒体でよく扱われているような「ナチュラル」「天然」みたいなトピックって、いまはかなり若者に浸透していると思うんです。ナチュラルワインなんかは、そもそも反体制とかパンクみたいな精神性に近いところにあって。
そうですよね。
若者にとっては、政治に対するレベル(反抗)なもの、という部分もあるんですよね。そういうふうに捉えるともっと違った表現方法もあるのかなって。でもそういうことを誰もやってなくて、意外とほっこりとしたものとして扱って終わっちゃってるというか。例えば、今の種子法のことなんかを考えると、カウンターカルチャーとして捉えることもできるのにって。ファッションの話でいうと、ファッションの人たちって意外とファッションのなかだけで収まってしまっている気もして。だから停滞してるのかな。
そうかもね。
一方でこういう「ØC tokyo」みたいな場所に集まってくるような人たちって、そういう精神性を持っている人が多いと思うんです。それに対して、ファッションの世界には若い人が集まってきてない気がしてて。飲食の世界の方が面白い人がいるんですよね。だからちょっと視点を変える必要があるというか。飲食の世界のエネルギーをうまくファッションの世界に取り込んでいけたら、もっと面白くなるんじゃないかなって思うんです。
わかる気がする。飲食の世界って新しい人がどんどん出てきてる感じがするけど、ファッションの人たちってあんまり変わり映えしない感じがあるよね。あとは世代間で断絶してる気もする。独特だよね。
お金の儲け方も同じですよね。ファッションにおける新しい儲け方を作り出せてない。
ファッションはずっとぐるぐる回ってるからね。未だにこの号のビジュアルがいいとかなんとか言ってるわけで(笑)。
その面白さをお金にできてないんですよね。神保町に行けば、こうした昔の情報はたくさんあるのに、それをうまく活用できてないというか。知をアップデートしていかなければいけないと思うんです。その方法は絶対あるはずなんですけど、ファッションの業界、出版の業界にはそういうことを考える人がいない気がして。
なるほどね。
こういう昔の『POPEYE』の情報って、データ化はされてないじゃないですか。
そうだね。検索できないもんね。
そうなんです。だから蔡さんが書いた〈NEW BALANCE〉のインチキ原稿も出てこない(笑)。
笑
そういうようなことも含めて、文字もデータとして残っていれば、知識となって、それが何十年も経てば、やがて文化になりカルチャーを作るはずだと思うんです。そんなことをたまに思うんですが、いざやるとなると大変なことだから、なかなか難しかったりしますよね。もったいないなって思います。でもだからこそ秘められているわけで、よそに奪われずに済んでるのかもしれないですけどね。。
と、思うんだけどね。こう言っちゃあれだけど、話が聞けるうちに聞いておかないとだしね。
本当そうですよね。淀川(美代子氏。『anan』『Olive』『GINZA』『ku:nel』の編集長を歴任。2021年没)さんとかまさに。以前『GINZA』の編集長をやってた子に、淀川さんは取材した方がいいよって言ってたんです。そうこうしてるうちにお亡くなりになってしまって。。
淀川さん、晩年はまぁまぁ仲良かったけど、どうでもいい話ばっかりしてたなぁ。
淀川さんのときの『anan』って、異性の僕が見てもかっこいいなって思ってました。それが淀川さんの個性だったんですよね。
「おやじの会」の人たちには、みんな話を聞きたいよね。
いいですね。
重松(理氏。「UNITED ARROWS」名誉会長)さん、設楽(洋氏。「BEAMS」代表取締役)さん、秦(義一郎氏。元「マガジンハウス」)さん。。
たしかに。読者としてもめちゃくちゃ読みたいです。さて、そろそろ終わりましょうか。もう4時間くらい話してますので。書けない話も含めて(笑)。
そうだね。今日はいっぱい褒めてもらって嬉しかった(笑)。ありがとう。
こちらこそありがとうございました。楽しかったです。ニューイングランド号の話を蔡さんとずっとしたかったので。
住所:東京都世田谷区北沢5-27-16
営業:9:00〜22:00(LO21:00 ※カフェのみの日は20:00CLOSE)
※Dinnerスケジュールは@octokyodinnerから
Instagram:ØC tokyo