古着予備校
第五講:極地からのフィードバックによって研ぎ澄まされた機能美、“着られる寝袋”こと往年のエクスペディションダウンパーカたち。
講師:金子茂
ビームス プラス チーフバイヤー
1984年生まれ。文化服装学院スタイリスト科卒業後、2008年にビームス 原宿のアルバイトを経て入社。2015年に〈ビームス プラス〉のバイヤーに就任。古着への造詣が深く、ヴィンテージアイテムを元に再構築するものづくりやバイイングを得意とする。とくにアウトドアアイテムのコレクションは業界でも有名。ヴィンテージアイテムを組み合わせた独自のスタイリング力にも定評あり。
Instagram:@shigerukaneko
つきなみなところから入ると、1936に世界初のダウンジャケットでもある「スカイライナー」が〈エディー・バウアー〉よりリリースされ、その後の大戦を経て、1950年代頃から様々なブランドによって急速な開発、進化が進んだと言われるエクスペディションダウンパーカですが、金子さんの言わば“お眼鏡に叶う”ものは何年代頃のものなのでしょうか?
ぼくが集めているのはヴィンテージアウトドアフリークの間では、俗に“オールド”とも呼ばれるクラシカルなスタイルのものがメインではありますが、じつはあまり年代にはこだわっていません。ワークウエアやミリタリーガーメンツと同様に、その後に定番となるような、いわゆる大衆的なものではなく、他にはない独自のディテールワークや仕様、あるいは素材や配色など、凝った服作りのヒントや参考になるようなものを中心に買い足していたら、ある程度のバリエーションが揃ってしまったと(笑)。それがいまの仕事に活かされています。
デイリーユースやファッション解釈としてのダウンウエアではなく、あくまでエクスペディションに限って集められていると?
そうですね。戦時中から戦後にかけて各国の登山家や冒険家たちがヒマラヤ登頂や南極観測など、未開の極地を目指したワケですが、欧州のエクスペディションダウンパーカが中でも登山に特化しているのに対し、アメリカのそれは当時のカタログなどからも読み取れるように、アラスカ探検やハンティングやフィッシングといったフィールドスポーツまで含め、より広義のエクスペディション(探検)にフォーカスしていて。その解釈の違いというか、レンジの広さこそが当時のアメリカらしさでもあると考えていますね。
欧州のエクスペディション系は、やはり登山目的がメインなのでしょうか?
ぼくもヨーロッパですと、英国の〈ブラックス〉やフランスの〈モンクレール〉といった、いわゆる名門と呼ばれるようなブランドしか手を出していないので、そこまで理解が深いワケではないのですが。やはり目的は登山、少なくとも量産品は極地探検などに向けたものではなかったと思われます。とはいえ、アメリカものの源流を辿っていくと、それらヨーロッパのアルパインシリーズのダウンパーカに行き着くのも事実です。当時(50年代)のカタログを見る限り〈REI(アールイーアイ)〉からもフランス製のプロダクトがリリースされていたようですし、〈ホルバー〉や〈ジェリー〉といったブランドも当初はヨーロッパのダウンパーカをサンプルソースにしていることが見て取れます。
では、その黎明期や雛形は欧州にあり、一方で成長や進化の過程はアメリカにあったというワケですね?
そう言っても問題ないと思います。わかりやすいディテールで例えるなら、前開きのジッパーなどが良い例かと。黎明期のヨーロッパものを見ると深い打ち合わせの前開きは冷気の侵入や浸水を阻止すべく、いくつものスナップボタンが施され、ジッパーは採用されていません。また、ダブルブレスト仕立てが一般的ですが、ジッパーの採用までには至っていません。また、ハンドウォーマーポケットが搭載されていないのも初期欧州ならではの特徴と言えるでしょう。一方、同時代のアメリカものは、ジッパーを開発させた国ということもあり、言わば寝袋に近い設計が主流となっています。もちろん“着る”ことを前提としながらも、ファッション的な感覚は一切なく、極地で人々の命を守るための道具として進化していったため、実際に着用してみると防寒性こそ秀でているものの、見た目的には不格好なワケです。
なるほど。では、アメリカに限定した場合、東西それぞれの特徴などはあるのでしょうか?
大型リテーラーに関しては、よく「西の〈EMS(イースタンマウンテンスポーツ)〉、東の〈REI〉」とも言われますが、ことブランドに限ると、やっぱりアウトドアアクティビティのメッカでもあるオレゴン州やワシントン州、カリフォルニア州などを擁する西海岸をメインに大小様々乱立しています。戦後に起こったバックパッカームーブメント、あるいは自然回帰やレジャーブームの極北的な立ち位置にあったのが、エクスペディションダウンパーカだったと思うのです。それらを経過することで、アウトドアアパレルが徐々にファッションへと裾野を広げ、70年代に入るとデイリーユースの文脈でも語られるようになり、そのいくつかがグローバルブランドへと成長していった。個人的には、その過渡期にあたる60から70年代初頭にかけてのアメリカ製エクスペディションダウンパーカに、特に興味を惹かれています。
とはいえ、一般的な古着店などではあまり見かけないと思うのですが、海外で購入しているのでしょうか?
確かにあまり一般市場に出回るようなものではないですが、いま国内でも注目されていると思います。古着屋はもちろん国内でも昔からのコレクターが多く存在すると聞いています。また海外でもアウトドアウエアに特化した人もいて、私のインスタグラムを見て連絡してくれます。そのため色々なところで購入しています。また特別な購入先は秘密でお願いします(笑)。
軽量かつ防寒性に優れた史上初のダウンウエアの登場からおよそ15年の時を経て、1950から1960年代にかけて第一次黄金期を迎えたエクスペディションダウンウエア。戦後復興の象徴として軍需に代わる新たな先進技術が極地開発や前人未到の高嶺へと注がれ、人類初のエベレスト登頂を記録したエドモンド・ヒラリーに代表される各国の冒険家たちの生死をかけた挑戦を支え続けた。そんな第一次黄金期にあたる1950から1960年代のアーカイブから、金子さんが厳選した5モデルを深堀りしていく。
1930年代後半、同社が離島や僻地へと物資を送り届けるブッシュパイロットに向けて販売した民間用のダウンフライトスーツは、数年後に空軍パイロットの目に止まり、ミリタリーフライトスーツの開発へと発展していった。後の「B-9パーカ」や「A-8フライトパンツ」の起点ともなった40年代を代表するエクスペディションセットアップと言えるだろう。
戦後間もない1945年に設立された〈ジェリー マウンテニアリング〉を前身とするコロラド州ボルダー発の名門から。「アメリカのコレクターから譲り受けた」と語る本モデルは、1959年アメリカ空軍にて正式採用されたというサバイバルダウンスーツ。その年にジェリー氏自ら300着縫い上げたとカタログにも記載。スナップボタンによる細かなフィット調整はじめ、同梱されたフットバッグなど、ディテールワークは同年代のシュラフを思わせる。
シャイニーなリップストップナイロン製アウトシェル、前開きはスナップ式のダブルブレスト、アームはリブ仕立てと、欧州では当時の主流だったスタイルを数多く踏襲しているものの、本モデルはアメリカ製。「当時の〈モンクレール〉のとデザインが酷似しています」というように、取材当日はそのサンプルソースとなった〈モンクレール〉社製60sとともに細部を比較検証してくれた。
1977年に登場し、90年代まで継続展開された65/35アウトシェル採用のデラックスダウンパーカ。とはいえ、タウンユースではなく、フィールドスポーツや雪山登山などを視野に開発され、アラスカ州北部に位置するブルックス山脈の名を冠している。「同型ながらリップストップシェル仕様の「ノースフェイス パーカ」をベースとし、より現代的なファンクションを取り入れた、まさに最高峰モデルのひとつです。生地の進化こそアメリカの面白さだと思います」。
1962年にカリフォルニア州サンディエゴにて創業した老舗アウトドアショップにして、2020年に店舗閉鎖がアナウンスされ、現在はオンラインショップのみ運営される実力派ローカルショップから。リップストップナイロンをゴアテックス®メンブレンのショルダーヨークで切り替え、あらゆる気候帯において当時最高クラスのパフォーマンスを目指した1980年代の名機。