古着予備校
第五講:極地からのフィードバックによって研ぎ澄まされた機能美、“着られる寝袋”こと往年のエクスペディションダウンパーカたち。
講師:金子茂

古着予備校 第五講:極地からのフィードバックによって研ぎ澄まされた機能美、“着られる寝袋”こと往年のエクスペディションダウンパーカたち。 講師:金子茂 古着予備校 第五講:極地からのフィードバックによって研ぎ澄まされた機能美、“着られる寝袋”こと往年のエクスペディションダウンパーカたち。 講師:金子茂

Photo: Takeshi Kimura

Text: Takehiro Hakusui

Edit: Yosuke Ishii

FASHIONREGULAR古着予備校

今日の古着ブームよりはるか昔、あらゆるカテゴリーにおける時系列や様々な仕様変遷がまだ解明されていなかった時代から、往年のライフスタイルやカジュアルガーメンツに着目し、それらを多角的に分析することで多くの史実を明らかにしてきたスペシャリストたち。デニム、ミリタリー、アスレチック、アウトドアといった各カテゴリーに精通する有識者たちを講師に迎え、歴史に名を残すアーカイブと、それらに紐づく背景や魅力にフォーカスする。第五回目は、〈ビームス プラス〉のバイヤー・金子茂さんが語る、エクスペディションダウンパーカ。

講師

金子茂

ビームス プラス チーフバイヤー

1984年生まれ。文化服装学院スタイリスト科卒業後、2008年にビームス 原宿のアルバイトを経て入社。2015年に〈ビームス プラス〉のバイヤーに就任。古着への造詣が深く、ヴィンテージアイテムを元に再構築するものづくりやバイイングを得意とする。とくにアウトドアアイテムのコレクションは業界でも有名。ヴィンテージアイテムを組み合わせた独自のスタイリング力にも定評あり。

Instagram:@shigerukaneko

登山だけでなく探検や調査など、あらゆるエクスペディションに対応した究極の“極地仕様”。

フイナム
フイナム

つきなみなところから入ると、1936に世界初のダウンジャケットでもある「スカイライナー」が〈エディー・バウアー〉よりリリースされ、その後の大戦を経て、1950年代頃から様々なブランドによって急速な開発、進化が進んだと言われるエクスペディションダウンパーカですが、金子さんの言わば“お眼鏡に叶う”ものは何年代頃のものなのでしょうか?

金子
金子

ぼくが集めているのはヴィンテージアウトドアフリークの間では、俗に“オールド”とも呼ばれるクラシカルなスタイルのものがメインではありますが、じつはあまり年代にはこだわっていません。ワークウエアやミリタリーガーメンツと同様に、その後に定番となるような、いわゆる大衆的なものではなく、他にはない独自のディテールワークや仕様、あるいは素材や配色など、凝った服作りのヒントや参考になるようなものを中心に買い足していたら、ある程度のバリエーションが揃ってしまったと(笑)。それがいまの仕事に活かされています。

フイナム
フイナム

デイリーユースやファッション解釈としてのダウンウエアではなく、あくまでエクスペディションに限って集められていると?

金子
金子

そうですね。戦時中から戦後にかけて各国の登山家や冒険家たちがヒマラヤ登頂や南極観測など、未開の極地を目指したワケですが、欧州のエクスペディションダウンパーカが中でも登山に特化しているのに対し、アメリカのそれは当時のカタログなどからも読み取れるように、アラスカ探検やハンティングやフィッシングといったフィールドスポーツまで含め、より広義のエクスペディション(探検)にフォーカスしていて。その解釈の違いというか、レンジの広さこそが当時のアメリカらしさでもあると考えていますね。

Article image 「永年着られる本物の男服」をコンセプトに掲げる「ビームス プラス」のバイヤー・金子茂さん。資料的価値の高いヴィンテージのダウンジャケット蒐集家としても知られ、その数はゆうに50を超える。また、そのコレクションはたびたび「ビームス プラス」のオリジナルウェアのサンプリングソースとしても使われるとか。

その黎明期をヨーロッパとするなら、成長、進化の過程はアメリカにある。

フイナム
フイナム

欧州のエクスペディション系は、やはり登山目的がメインなのでしょうか?

金子
金子

ぼくもヨーロッパですと、英国の〈ブラックス〉やフランスの〈モンクレール〉といった、いわゆる名門と呼ばれるようなブランドしか手を出していないので、そこまで理解が深いワケではないのですが。やはり目的は登山、少なくとも量産品は極地探検などに向けたものではなかったと思われます。とはいえ、アメリカものの源流を辿っていくと、それらヨーロッパのアルパインシリーズのダウンパーカに行き着くのも事実です。当時(50年代)のカタログを見る限り〈REI(アールイーアイ)〉からもフランス製のプロダクトがリリースされていたようですし、〈ホルバー〉や〈ジェリー〉といったブランドも当初はヨーロッパのダウンパーカをサンプルソースにしていることが見て取れます。

Article image 古いヨーロッパのダウンジャケットはフロントジップではなく、スナップボタン&マジックテープがあしらわれる。また、身幅のフィッティングが調整ができるようになっているものも散見される。
フイナム
フイナム

では、その黎明期や雛形は欧州にあり、一方で成長や進化の過程はアメリカにあったというワケですね?

金子
金子

そう言っても問題ないと思います。わかりやすいディテールで例えるなら、前開きのジッパーなどが良い例かと。黎明期のヨーロッパものを見ると深い打ち合わせの前開きは冷気の侵入や浸水を阻止すべく、いくつものスナップボタンが施され、ジッパーは採用されていません。また、ダブルブレスト仕立てが一般的ですが、ジッパーの採用までには至っていません。また、ハンドウォーマーポケットが搭載されていないのも初期欧州ならではの特徴と言えるでしょう。一方、同時代のアメリカものは、ジッパーを開発させた国ということもあり、言わば寝袋に近い設計が主流となっています。もちろん“着る”ことを前提としながらも、ファッション的な感覚は一切なく、極地で人々の命を守るための道具として進化していったため、実際に着用してみると防寒性こそ秀でているものの、見た目的には不格好なワケです。

Article image USエアフォースのオール・イン・ワンのダウンを着た金子さん。肩まわりの歪な膨らみを見てもわかる通り、服のパターンというよりは、寝袋を強引に服にしたようなつくりといえる。
フイナム
フイナム

なるほど。では、アメリカに限定した場合、東西それぞれの特徴などはあるのでしょうか?

金子
金子

大型リテーラーに関しては、よく「西の〈EMS(イースタンマウンテンスポーツ)〉、東の〈REI〉」とも言われますが、ことブランドに限ると、やっぱりアウトドアアクティビティのメッカでもあるオレゴン州やワシントン州、カリフォルニア州などを擁する西海岸をメインに大小様々乱立しています。戦後に起こったバックパッカームーブメント、あるいは自然回帰やレジャーブームの極北的な立ち位置にあったのが、エクスペディションダウンパーカだったと思うのです。それらを経過することで、アウトドアアパレルが徐々にファッションへと裾野を広げ、70年代に入るとデイリーユースの文脈でも語られるようになり、そのいくつかがグローバルブランドへと成長していった。個人的には、その過渡期にあたる60から70年代初頭にかけてのアメリカ製エクスペディションダウンパーカに、特に興味を惹かれています。

フイナム
フイナム

とはいえ、一般的な古着店などではあまり見かけないと思うのですが、海外で購入しているのでしょうか?

金子
金子

確かにあまり一般市場に出回るようなものではないですが、いま国内でも注目されていると思います。古着屋はもちろん国内でも昔からのコレクターが多く存在すると聞いています。また海外でもアウトドアウエアに特化した人もいて、私のインスタグラムを見て連絡してくれます。そのため色々なところで購入しています。また特別な購入先は秘密でお願いします(笑)。

ファッションを度外視しながらも後続に絶大な影響を残した、金子さんが選ぶ私的USエクスペディションダウンパーカ5選。

軽量かつ防寒性に優れた史上初のダウンウエアの登場からおよそ15年の時を経て、1950から1960年代にかけて第一次黄金期を迎えたエクスペディションダウンウエア。戦後復興の象徴として軍需に代わる新たな先進技術が極地開発や前人未到の高嶺へと注がれ、人類初のエベレスト登頂を記録したエドモンド・ヒラリーに代表される各国の冒険家たちの生死をかけた挑戦を支え続けた。そんな第一次黄金期にあたる1950から1960年代のアーカイブから、金子さんが厳選した5モデルを深堀りしていく。

1940s Eddie Bauer Down Parka & Down Flight Pants
民間からミルスペックへと発展した最初期エクスペディション。

Article image

1930年代後半、同社が離島や僻地へと物資を送り届けるブッシュパイロットに向けて販売した民間用のダウンフライトスーツは、数年後に空軍パイロットの目に止まり、ミリタリーフライトスーツの開発へと発展していった。後の「B-9パーカ」や「A-8フライトパンツ」の起点ともなった40年代を代表するエクスペディションセットアップと言えるだろう。

Details

  • 山脈の合間から日の出がのぞくことから、俗に「日の出タグ」と呼ばれるタグ。「Blizzard Proof」の文字にレジスターマークが無い前期タグ。

    山脈の合間から日の出がのぞくことから、俗に「日の出タグ」と呼ばれるタグ。「Blizzard Proof」の文字にレジスターマークが無い前期タグ。

  • 肘にはオイルドコットンのうえから補強のためのダック生地が施される。

    肘にはオイルドコットンのうえから補強のためのダック生地が施される。

  • フード部分は贅沢にも天然のファーがあしらわれる。内側もファーがはってあるので防寒性も非常に高い。

    フード部分は贅沢にも天然のファーがあしらわれる。内側もファーがはってあるので防寒性も非常に高い。

  • ジャケットとセットアップで着用できるパンツ。ジャケット同様に、太腿から膝下にかけて補強のためのダック生地があしらわれる。

    ジャケットとセットアップで着用できるパンツ。ジャケット同様に、太腿から膝下にかけて補強のためのダック生地があしらわれる。

1950s GERRY U.S.A.F Survival Suits

Article image

戦後間もない1945年に設立された〈ジェリー マウンテニアリング〉を前身とするコロラド州ボルダー発の名門から。「アメリカのコレクターから譲り受けた」と語る本モデルは、1959年アメリカ空軍にて正式採用されたというサバイバルダウンスーツ。その年にジェリー氏自ら300着縫い上げたとカタログにも記載。スナップボタンによる細かなフィット調整はじめ、同梱されたフットバッグなど、ディテールワークは同年代のシュラフを思わせる。

Details

  • 軍物らしく、右アームにはコントラクトナンバーなど当時のスペックがプリントされたミルスペックが確認できる。

    軍物らしく、右アームにはコントラクトナンバーなど当時のスペックがプリントされたミルスペックが確認できる。

  • 肩まわりの直線的なキルトラインから、寝袋のパターンをそのまま服に落とし込んでいるのが分かる。

    肩まわりの直線的なキルトラインから、寝袋のパターンをそのまま服に落とし込んでいるのが分かる。

  • 内部には細かなフィット調整に向けたアジャスターベルトが見て取れる。

    内部には細かなフィット調整に向けたアジャスターベルトが見て取れる。

  • サバイバルスーツを着たまま入れるフットバッグも同梱されている。

    サバイバルスーツを着たまま入れるフットバッグも同梱されている。

1960s REI Summit Parka
随所に欧州エクスペディションの面影が見て取れる。

Article image

シャイニーなリップストップナイロン製アウトシェル、前開きはスナップ式のダブルブレスト、アームはリブ仕立てと、欧州では当時の主流だったスタイルを数多く踏襲しているものの、本モデルはアメリカ製。「当時の〈モンクレール〉のとデザインが酷似しています」というように、取材当日はそのサンプルソースとなった〈モンクレール〉社製60sとともに細部を比較検証してくれた。

Details

  • 「RECREATIONAL EQUIPMENT INC.」表記の初期タグ。その後70年代以降から「REI」表記へと移行する。

    「RECREATIONAL EQUIPMENT INC.」表記の初期タグ。その後70年代以降から「REI」表記へと移行する。

  • ヨーロッパデザインの影響から、袖口はリブ仕立てになっている。

    ヨーロッパデザインの影響から、袖口はリブ仕立てになっている。

  • 前開きにはジッパーがなくスナップボタンを。これは身幅のフィッティングが調整でき、寝袋で寝る際は手前のボタンを止めて腕を見頃側に入れ、保温性を確保する仕様である。

    前開きにはジッパーがなくスナップボタンを。これは身幅のフィッティングが調整でき、寝袋で寝る際は手前のボタンを止めて腕を見頃側に入れ、保温性を確保する仕様である。

  • この上からヤッケを着ることを想定しているためか、ハンドウォーマーポケットが無い。

    この上からヤッケを着ることを想定しているためか、ハンドウォーマーポケットが無い。

1970s THE NORTH FACE Brooks Range
当時の技術の粋にして世界に誇るハイエンドダウンパーカ。

Article image

1977年に登場し、90年代まで継続展開された65/35アウトシェル採用のデラックスダウンパーカ。とはいえ、タウンユースではなく、フィールドスポーツや雪山登山などを視野に開発され、アラスカ州北部に位置するブルックス山脈の名を冠している。「同型ながらリップストップシェル仕様の「ノースフェイス パーカ」をベースとし、より現代的なファンクションを取り入れた、まさに最高峰モデルのひとつです。生地の進化こそアメリカの面白さだと思います」。

Details

  • 「茶タグ」と呼ばれる内タグは生産国表記のない最初期仕様。

    「茶タグ」と呼ばれる内タグは生産国表記のない最初期仕様。

  • ブルックスレンジの特徴的な意匠としておなじみの、巨大な丸型のベルクロ。

    ブルックスレンジの特徴的な意匠としておなじみの、巨大な丸型のベルクロ。

  • ライニングに配した大胆なイエローも特徴のひとつといえる。

    ライニングに配した大胆なイエローも特徴のひとつといえる。

  • アウトシェルはポリエステル65パーセント、コットン35パーセントの混率からなるベイヘッドクロス、二枚仕立てのダウンバッグが最たる特徴でもある。

    アウトシェルはポリエステル65パーセント、コットン35パーセントの混率からなるベイヘッドクロス、二枚仕立てのダウンバッグが最たる特徴でもある。

80s Adventure 16 Wide.Temperture Range Parka
いまなお識者たちに愛されるカルフォルニアのローカルショップ。

Article image

1962年にカリフォルニア州サンディエゴにて創業した老舗アウトドアショップにして、2020年に店舗閉鎖がアナウンスされ、現在はオンラインショップのみ運営される実力派ローカルショップから。リップストップナイロンをゴアテックス®メンブレンのショルダーヨークで切り替え、あらゆる気候帯において当時最高クラスのパフォーマンスを目指した1980年代の名機。

Details

  • いまなお伝説的に語り継がれるサンディエゴの名門〈アドベンチャー シックスティーン〉のタグ。

    いまなお伝説的に語り継がれるサンディエゴの名門〈アドベンチャー シックスティーン〉のタグ。

  • 同色のゴアテックス®︎で切り替えたショルダーヨーク。ラウンドした形状も特徴的だ。

    同色のゴアテックス®︎で切り替えたショルダーヨーク。ラウンドした形状も特徴的だ。

  • 脇下に設けたベンチレーションファスナーにより温度調整が可能に。

    脇下に設けたベンチレーションファスナーにより温度調整が可能に。

  • スタンドネックに備えた収納可能なフードは、当時としては斬新なアイデアだった。

    スタンドネックに備えた収納可能なフードは、当時としては斬新なアイデアだった。