古着予備校
第六講:カウボーイたちのライフスタイルに沿って進化を続けたヴィンテージ・ラングラーのレアモデルたち。
講師:RIC金丸


ゴールドゲート代表
1970年生まれ、東京都出身。地元や学校の先輩に憧れ、学生時代に初めて手に入れたジーンズがたまたま日本企画の〈ラングラー〉製だったことをきっかけに、30数年経ったいまなお同ブランドに狂おしいまでの偏愛を注ぎ続ける世界屈指のラングラーマニア。その歩みの集大成とも言える自身所有のヴィンテージアーカイブをまとめた写真集『Wrangler ARCHIVES』もリリースし、さらに同書をシリーズ化するとともにSNSなども活用しながら自身の偏愛を世界へと発信し続けている。
Instagram:@wranglervintage
いわゆる“デニム御三家”の一角に数えられる〈ラングラー〉ながら、その詳細はこれまであまり語られていないため、まずは少しだけおさらいしておきたい。
遡ること1904年、C.C.ハドソンとその実弟によりテネシー州で設立されたハドソン・オーバーオール・カンパニーは、1919年にブルーベル・オーバーオール・カンパニーへと改名。さらに1943年にケーシー・ジョーンズ社を買収し、同時に同社が所有する商標のひとつでもあった「Wrangler」を社内の独立レーベルとして機能させ、デニムに紐づくワークウエアというイメージを払拭するとともに、ウエスタン、あるいはカジュアルウエアの製造に乗り出した。ちなみにラングラーには“牧童”という意味があるという。
商品企画は当時ハリウッドのカスタムテイラーとして知られたロデオ・ベンを招いて進められ、カウボーイのライフスタイルに特化した機能が数多く盛り込まれたファーストモデル11MWを1947年に発表している。
上記のような認識で問題ないでしょうか?
そうですね。ただ、ロデオ・ベンが企画立案などに参画したのはブランド立ち上げから数年経ってからだったと個人的には考えています。俗にプロトタイプと呼ばれるアーキュエイトステッチを用いたデニムパンツ、つまりは最初期の11MWに関してはまだ彼は関与していなかったんじゃないかと。
マニアの間ではMはメンズ、Wはウエスタンを意味していると言われていますが、11は何を表しているのでしょうか?
諸説あるようですが、使用デニムのオンスだった可能性が高いと思います。というのも11MWは1960年代にその後継モデルとなる11MWZの登場まで継続展開されていて、その過程ですでに11オンス仕様ではなくなっています。当初はオンス表記だったものの、次第に記号化し、最終的には単なるモデル名、ロットナンバーとして扱われるようになったと。
なるほど。他の大手ブランドと異なり、そういった細かな変遷や裏事情がほとんど語られていないですし、実際にプロダクト自体の玉数も少ないのでしょうね?
いまや〈リーバイス〉の通称ファーストでもTバックや大戦モデルとなると数百万円、1000万円もザラという時代になりましたが、裏を返せば「数百万円出せば誰でも手に入れられる」ワケです。一方の〈ラングラー〉はそもそもモノ自体が市場に出てこない。いくら高額を積もうが、ないものは買えないですし、希少性という側面では圧倒的に群を抜いていると思いますね。
そういった希少性に魅せられて収集し始めたのでしょうか?
いえいえ、ぼくは自分のことを一度としてコレクターだと思ったことはありませんし、ぼくが意識的に買い始めた頃はまだ誰も見向きもしなかった。なぜなら、決して格好いいものではないから(笑)。ぼく自身も先輩たちが穿いていた501®︎に憧れ、高校生時分に地元のジーンズショップへデニムパンツを買いに行きました。とはいえ、そこはヴィンテージとは縁もゆかりもない街の小さな小売店、さらに〈ラングラー〉の特約店でもありました。店のスタッフに薦められるまま最初に手に入れたジーンズがたまたま〈ラングラー〉だったと。
さらに後追いで観た映画『ロックンロール・サーカス』の劇中、ジョン・レノンがデニムジャケット111MJを着用していて、その画像を雑誌の切り抜きだかで先のジーンズショップへ持っていたら全く同じものが簡単に出てきたんですね。周りは古着屋を血眼になって探しているなか、ぼくはすぐに見つけることができた。でも、やっぱり先輩たちのそれとはどこか雰囲気が違うんですよ。当時の現行のパンツを一言で言うなら“格好よくない”(笑)。とはいえ、具体的に何が違うのかを考えていくうち、次第にその違和感みたいなものに取り憑かれていきました。以来、自分が着る着ないに関係なく、どこの古着屋へ行っても「〈ラングラー〉ないですか?」と、そんなことを30数年続けているうち、これだけ手元に集まっていました。
特に偏愛の機転となったモデルなどはありますか?
確か1997年に当時の国内総代理店から背面にコピーライトを刺繍した通称チャンピオンジャケットと呼ばれる12MJZが復刻され、そこからより深く〈ラングラー〉について学んでいき、やがてはヴィンテージへと繋がっていきました。
やはりチャンピオンジャケットがヴィンテージ・ラングラーにおける最高峰と言っていいのでしょうか?
もちろん象徴ではありますが、希少性という点においてはそうとも言い切れません。そもそも俗にチャンピオンジャケットと呼ばれるものにもいくつかパターンがあり(後に紹介)、まずは通称ファーストと呼ばれるボタンフロントタイプ、そして通称セカンドと呼ばれるジッパーフロントタイプの2種類が存在しています。これらの背後には、当時各地で開催されるロデオ大会に協賛し、さらにその優勝者を言わば広告塔としてフラッシャーやカタログなどに掲載することで、カウボーイたちの認知を広げたいという思惑もありました。もちろん他のブランドも同様の活動をしてはいますが、ここまでカウボーイのライフスタイルに寄り添ったブランドは後にも先にも〈ラングラー〉以外にないと言えるでしょう。実際にヴィンテージプロダクトの多くはカウボーイの文化や生活様式が根付いたテキサス、オクラホマ、ワイオミングなどアメリカ中南部から出やすいと聞きますし。
玉数も圧倒的に少なく、さらにはアメリカでも一部の地域に集中していることを考えると、ライバルも多いのではないですか?
ライバルなんてひとりもいませんよ(笑)。だって自分が見たことのないプロダクトを持っている人がもしいるなら、単純に実物を見せてほしいじゃないですか。ぼくはこれまで自身の遍歴を3つの段階に分けて考えています。まずはライク。この誰よりも好きという気持ちがあったからこそ、いまがあると考えています。やがてそんな思いがラヴへと変わり、このブランドに貢献したいという愛情表現へと繋がります。そして最後がファミリー、家族です。よくコレクターやバイヤーの方から「これだけのコレクションなら1億円でもすぐに売れますよ」なんて言われるのですが、家族を売るヤツなんて世界のどこにもいないですよね? ぼくにとって〈ラングラー〉はすでに家族の一員ですし、世界的に高騰しているとか、資産価値なんて正直どうでもいいことなんですよ。
これはあくまで金丸さんの主観で構わないのですが、何年代まで、あるいはどのモデルまでをヴィンテージと位置づけるのでしょうか?
個人的には70年代までがギリギリ。でも、それはぼくの歳や経験からの位置づけなので80年代に入ってからのブロークンデニム(右綾と左綾を交互に織ったデニム地)仕様でも、いまとなっては十分ヴィンテージの範疇だと思うのです。実際ブロークンデニム仕様のアメリカ製となると、すでにユーズドでも数万円が相場のようですし、もし〈ラングラー〉に興味を持ってくれたなら、最初からスーパーヴィンテージに手を出すことなく、まずはその辺りをおすすめしたいですね。
ヴィンテージラングラーの最たる特異性は、コスチュームやプロモーションとして関係者にのみ支給され、一般市場に出回ることのなかったプロダクトの多さに尽きるとか。つまりレアモデルの多くは当初から非売品に位置づけられ、その希少性は当然市場価値へと直結していった。そのためいまもなお識者たちによる擦り合せが重ねられ、徐々にその大枠自体は見えてきたものの、未見のカラーバリエーション、あるいはイレギュラーモデルなどが見つかる可能性もまだ多分に残っていると金丸さんは言う。
通称ファーストとも呼ばれる111MJがベースとなってはいるものの、背面にはチャンピオンジャケットと同様にブランドネームが刺繍されたイレギュラーモデル。「通称チャンピオンジャケットにもいくつかバリエーションがあり、レッドの12MJZは優勝者、ブラックの66MJZはレフェリー、ベージュの33MJZはスタッフへとそれぞれ支給されたもの。この111MJはおそらく特約店などの販促品としてごく少数生産されたと推測します」。
ブロークンデニムが登場するまで、多くのモデルは左綾が一般的であり、サイドの縫製も堅牢性に優れた巻縫いが主流だった。とはいえ、本個体に関してはなぜか耳付き脇割り仕様となっている。「1964年のデッドストック。同年製からは右綾耳付きの10MW、左綾白耳付きの11MWなども確認されているため、この年のみのイレギュラーな仕様だったと推測しています」。
1952年にリリースされ、1960年代まで継続展開されたウエスタンタイプの定番デニムシャツ27MW。そのカラーバリエーションとして同時期にデビューしたと思われるグリーンデニム仕様。「グリーン以外にもレッド、サックス、ヒッコリーがすでに確認されています。それぞれ個別にロットナンバーが設けられていたとは思うのですが、現段階ではまだ未確定となっていますね」。
背面刺繍のコピーライトと左肩のブルーベルワッペン、そしてサイズ表記なしの内タグ、さらには4モデルともにエルボーパッチが採用されていることからロデオ大会を盛り上げたピエロたちに支給されたものと金丸さんは推測する。「彼らにはカウボーイたちの危険をいち早く察知して場をコントロールする役割もあり、じつはタフさも求められていました。そのため全てのシャツにエルボーパッチが採用されたとぼくは考えています」。
50インチ以上はあろうかという超ビッグサイズのデニムパンツもイベントを彩るピエロたちのコスチュームとして少数生産された特別仕様。「他社でも見られるいわゆるピエロパンツです。前面にもブランドネームが刺繍され、前後両面にブルーベル社のワッペンも縫製されています。サイドの縫製は一般的な製品同様に巻縫い仕様、ディフォルメされた大きなリベットもユニークです」。