HANG OUT VOL.6

Why do you run?

Chapter 11

2025.5.21

Edit:Yuri Sudo

HANG OUT VOL.6

HANG OUT VOL.6Why do you run?

走りたくなる本とか映画。

痩せたい、モテたい、ストレス発散したい、目標を持ちたい。走る理由はひとそれぞれだし、ピュアな気持ちは何よりの原動力。世の中にはそんな “走るひと” を描いたエンタメが意外とあるんです。観れば走りたくなるはず。準備運動しながらでもどうぞ。

Chapter 02 | SOMETHING HAPPENSON THE SNOWY MOUNTAIN.

NO.1
『夏から夏へ』(2010)
佐藤多佳子

距離:★<br>
爽快感:★★★<br>
スピード感:★★★★★

距離:★
爽快感:★★★
スピード感:★★★★★

速さに人生を懸ける。

この本がフォーカスを当てているのは日本代表のリレーチーム。チームは塚原直貴、末續慎吾、高平慎士、朝原宣治、小島茂之の5名の短距離選手で構成されていて、それぞれがとてつもないスピードでトラックを走る。ここでは彼らが過ごした、2007年の夏の世界陸上大阪大会から08年夏の北京五輪までを、客観的事実、著者の視点、本人たちの主観を織り混ぜて描いている。

驚きなのは、それぞれへの取材はもちろん、周囲の家族や恩師への聞き込みに加え、日々の練習にまで密着していたということ。その膨大な取材時間は、文章表現に如実に現れている。本人たちも語っていたが、著者の文章には走っているときの身体の動きや感情の揺らめきさえもがそのまま綴られているのだという。

リレーに関しても、観戦だけでは知り得ない奥深さが語られている。著書を読んでいると、リレーは4人それぞれの100mのタイムを足し算しただけの単純なレースではないことがわかる。海外と比べて日本のチームは「創造的なパス」を得意としていて、それは前後の走者が、追いついてくれるだろう/きっと受け取ってくれるだろうという信頼のもとに成り立つ。うまくいけばバトンパスによって前後の走者をより速く走らせることができるのだ。つまり単純な足し算を下回るタイムも夢ではない。

足が速い子はかっこいい、なんて子供のときの話のようだけれど、速さに人生を懸けた大人たちはすごくかっこいいと思う。

『夏から夏へ』

2007年世界陸上大阪大会でアジア新記録を樹立した、日本代表リレーチーム。その裏側と、翌年08年の北京五輪までの道のりに密着した、著者初のノンフィクション。酷暑のスタジアム、選手達の故郷、沖縄合宿へと取材はつづく。大阪と北京、2つの夏の感動が甦る。

佐藤多佳子 著(集英社文庫)

NO.2
『長距離走者の孤独』(1973)
アランシリトー

距離:★★★★★<br>
爽快感:★<br>
反抗度:★★★

距離:★★★★★
爽快感:★
反抗度:★★★

救いとしてのランニング。

表題作は全編通して重い空気が流れている。それは主人公である非行少年スミスが書いた日記(という設定)だからなのかもしれない。

スミスは感化院にいて、常に監視下に置かれている。自尊心をえぐる酷い仕打ちに苛まれながらも、走ることだけが唯一の救い。その才能が認められてクロスカントリー競技会の出場をするも、結末は…。

作中でもスミスが語っているように「走っている時は考えごとがよくできる」のだそう。その証拠に、友人のマイクとパン屋襲撃をした話や、父親が死んでいくところを目の前で見た話など、ランニング中に過去の出来事とスミスの心情が回想される。読んでいるあいだも、タッタッタッという足音が聞こえてきそうなのがふしぎだ。

周囲の人間や社会に対して信頼を置いていないスミスだが、唯一走ることには救いを求める。「スポーツこそ堅気な人生を送るべく導いてくれる」という言葉が象徴的だが、自身のことを裏切らず、打ち込んだぶんだけ成果を与えてくれるスポーツ(長距離走)には心を開いているようだ。走っている最中の心臓や両足、両腕の動きを嬉々として綴っているところからもそれが読み取れる。

本作は個人的な日記ではあるけれど、彼の背景には不条理な感化院とそれを生み出したイギリス社会が透けて見える。読後はきっと腹の底を打ちつづけられたかのような感覚に陥るはず。他6編も合わせてどうぞ。

『長距離走者の孤独』

感化院にいる非行少年スミスは、走る才能が認められ、クロスカントリー競技会での優勝を目指すが、大会直前に走るのをやめ、感化院長の期待に真向から反抗を示す。イギリス社会が築いた規制への反撥と、偽善的な権力者に対するアナーキックな憤りをみずみずしい文体で描いた表題作のほか、7編を収録。

アラン・シリトー 著 、丸谷才一 訳 、河野一郎 訳(新潮文庫)

NO.3
『ラン・ローラ・ラン』(1997)
トム・ティクヴァ

距離:★★★<br>
爽快感:★★★★<br>
恋愛度:★★★

距離:★★★
爽快感:★★★★
恋愛度:★★★

真っ直ぐに走る、一途な恋。

いつの時代も、映画の中の女性はどうしようもない男に振り回される。こんな奴のためになんでそんなにがんばるのだとお節介鑑賞してしまうひとも多いはず。けれども、今作に関してはここまでがんばるのならあっぱれだと思わず拍手をしたくなる。

主人公のローラには裏金の運び屋である恋人がいるのだが、彼のヘマによって1日が狂わされる。20分という短い時間で突然お金を工面しなければいけなくなったローラは、街を走りまくる。恋人のために赤髪を揺らしてひた走る姿は、爽快感があり気持ちがいい。悪事に手を染める場面もあるが、応援したくなるほどローラは健気なのだ。

なによりもこの作品を象徴するのは、その演出だろう。20分の運命を3通りで見せてくれる。ローラが彼を救うためにとった行動の一部始終と結末をさまざま見せてくれる。どれが正解なのかは作中で示されておらず、鑑賞者に委ねる形となっていて、鑑賞後の余韻もたっぷりだ。

巷でよく言われているけれど、一途な女の子は、ダメ男を選んでしまうのではなく、その性格ゆえに男をダメにさせてしまうのかもしれない。そんなことを『ラン・ローラ・ラン』でも考えてしまった。

『ラン・ローラ・ラン』

夏のベルリン。午前11時40分、ローラのもとに裏金の運び屋をする恋人マニから助けを求める電話が入る。ボスから預かった10万マルクを失くしてしまい、正午までに金を返さないと殺されるのだという。タイムリミットは20分。愛するマニを救うため、金を工面すべく街中を駆け巡るローラだったが……。わずかな行動の違いで変わるローラとマニの運命を、3通りの結末で描き出す。

1997年製作/トム・ティクヴァ/81分/ドイツ

NO.4
『ブルージーン』(1986)
くじらいいく子

距離:★★★<br>
爽快感:★★<br>
恋愛度:★★★★<br>

距離:★★★
爽快感:★★
恋愛度:★★★★

バカでも走れる。

モテたくてはじめる趣味の代表格は音楽。ファッションもよく聞く。けれどランニングをはじめるひとはきっとあまりいない。本著の主人公は、つっぱりをやめてマラソンをはじめた日野数生(かずみ)。理由は普通の女と明るい青春を送りたいから。短絡的な始まりは読み進めるうえでふしぎと後押しになる。

この作品を容易にまとめるならば、数生が周囲で起こるトラブルをすべて走ることで解決していく物語。しかし、不良との喧嘩シーンや女性との揉め事はいやに細かく描かれているにもかかわらず、思い出したかのようにふいにランニングシーンが差し込まれる。このドラマチックな展開に水を差すようなアンバランス感は、途中から小気味よくなってくる。

肝心の数生のランニングシーンだが、とりわけ見応えがあるわけではない。心情と走りの相関関係が描かれるわけでもなければ、主人公の筋肉美を舐め回す挿絵があるわけでもない。しかし逆を言えば、想像が掻き立てられる。なぜここでこんな顔をして走るのかと、前のめりに読んでしまうのだ。そういう意味では、細かく描き切ることや、伏線回収の巧みさだけが正義ではないということをこの作品は教えてくれる。その証拠に、なぜか各巻の表紙はアメコミタッチだ。

『ブルージーン』

つっぱりをやめた主人公・日野数生の目標は、普通の女と明るい青春を送ること。あの手この手で女の子を口説こうとするもあえなく失敗。そして数生が最終的にたどり着いたのはマラソンだった。恋とケンカとマラソンに奔走する数生の運命は。

くじらいいく子(ビッグ コミックス)

NO.5
SOLED OUT: THE GOLDEN AGE OF SNEAKER ADVERTISING(2021)
SNEAKER FREAKER

距離:★<br>
爽快感:★★<br>
バラエティ感:★★★★<br>

距離:★
爽快感:★★
バラエティ感:★★★★

余白のある広告。

ブランドが商品を売り出すときには、必ず広告を出す。目的は商品を素敵に見せる、機能を伝える、使用シーンを想像させる、などいろいろある。他社と差別化するために、どのブランドも広告制作には力を入れるけれど、ことスニーカー業界においてはその争いが凄まじい。そんなことを感じさせてくれるのがこの一冊。

本著に載っているのは全13ブランドの広告。adidas、ASICS、BROOKS、CONVERS、JORDAN、L.A.GEAR、New Balance、NIKE、PONY、PRO-Keds、PUMA、Reebok、SAUCONYの錚々たるラインナップ。各ブランドの名作を振り返れるだけでなく、広告の違いを一覧できる貴重な資料となっている。

いまでこそスニーカーの広告は著名人を起用したビジュアルが多いが、本著に載っている80-90年代の広告は趣向を凝らした表現ばかり。同じランニングシューズの訴求でも、大自然の中でランナーがぽつんと走る広告もあれば、複数人の足元をグラフィカルにイラストにしたものもあれば、モデルを4コマのようにコミカルに動かしたものもある。

ひとつおもしろい例を挙げるとすると、1999年に発売された「adiPRENE」を訴求する広告がいいだろう。それは、スーツを着た男性が銀行でストレッチをしている写真が大きく掲載され、端にadidasロゴとランニングシューズの切り抜き写真が小さく載っている。シューズを履いていないのに、前日ランニングをして筋肉痛になったということが表現されているのだ。直接的にシューズを訴求するものではないけれど、ブランドのセンスがみて取れて、不思議と記憶に残る。

最近の広告は、SNSでの話題性を狙ってか、わかりやすさが重視されたものが多いが、本著をみるとあの時代ならではの余裕のあるクリエイティブを感じることができる。視聴者の想像を掻き立てるようなものこそ、広告は作られる意味があると思う。

『SOLED OUT: THE GOLDEN AGE OF SNEAKER ADVERTISING/SNEAKER FREAKER』

メルボルン発の伝説的スニーカー・マガジン『Sneaker Freaker』。その創刊者であるサイモン・ウッドが編集した、ヴィンテージ・スニーカー広告のコレクション。adidasやASICS、NIKE、NEW BALANCEなど全部で13ブランドのスニーカー広告を収めた、720ページにもわたる大ボリューム。

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